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■文献収集
  ジュゴン保護に関する要望書

   日本弁護士連合会より、テキストをご提供いただきました。  [英語版

2000.09.27     


ジュゴン保護に関する要望書

                                 2000年7月14日

日本弁護士連合会


要望の趣旨

1.水産庁、環境庁および沖縄県は、独自にまたは協力して、南西諸島海域に生息するジュゴン(以下、「ジュゴン」という)の生態調査を早急に実施し、その結果 に基づいて、ジュゴンの絶滅の危機を回避するに足る有効適切な保護措置を早急に策定、実施すべきである。
2.防衛施設庁および沖縄県は、普天間飛行場代替施設を名護市辺野古沿岸域に計画しようとする場合は、早期に、同計画がジュゴンの生息に与える影響について環境影響評価を実施すべきである。


要望の理由

はじめに
 われわれは、2000年3月以降、沖縄県、名護市、現地の住民団体、中央諸官庁、ジュゴン研究者、WWF−ジャパン等環境保護団体等から聴き取りをするなどの調査をし、かつジュゴン保護の現行制度を検討してきたが、関係諸機関に対しジュゴンの実効性ある保護の実施を要望して本要望書を提出する。

第1 ジュゴンの生態

 ジュゴンは、海牛目ジュゴン科に属し、大きいものでは体長3m、体重420kgの海生の哺乳類である。生息領域はインド・太平洋の熱帯、亜熱帯地域であり、現在10万頭が生息していると言われているが、確実な数字は分かっていない。日本では沖縄本島東海岸域に数頭が確認されており、この海域はジュゴン生息の北限となる。
 ジュゴンの生態についてはその詳細は不明である。粕谷俊雄三重大学教授らのグループによる近年の調査によれば、@沖縄本島中部の勝連半島より北は伊部にいたる東岸一帯には少数のジュゴンが棲息する、A彼らは日中はサンゴ礁 の縁より外側は水深85mにいたる範囲に生活し、夜間にはサンゴ礁内の水深数メートル以内の浅所で摂餌をする、B当該海域には7種の海草(リュウキュウアマモ等)が分布し、そのいずれも摂餌されるが海草種による嗜好の違いはデータからは不明である。そして、同グループは、ジュゴンが生息し得る条件として、@大量 の海草が存在する餌場、A日中の休息する場所、B@とAとを往き来できる回廊の存在を挙げている。

第2 絶滅に瀕するジュゴン

 ジュゴンは、過去には南西諸島全域でその生息が確認されており、特に南端の八重山諸島では、明治以前の旧藩時代にジュゴンを年貢として課せられていた場所もあり、八重山諸島が日本におけるジュゴンの分布の中心であったと考えられている。
 しかしながら、前記グループの調査によれば、現在では八重山諸島ではその生息は全く確認されなかった。この海域にはジュゴンが餌場とするのに適した豊富な海草群落が確認されているが、高密度に定置網、刺し網による沿岸漁業が行われており、ジュゴンは餌場と休息場所との間の回廊を失ってしまったため、この海域での生息が不可能となってしまったのではないか、そして現時点では、前記の沖縄本島東側の海域以外にはジュゴンの生息は確認されず、他の海域でのジュゴンの生息の可能性は少ないと推測されている。しかも、沖縄本島東側に生息するジュゴンの個体数も極めて少数と推測されている。ジュゴンの生息数の減少は、古来から行われている捕獲や定置網、刺し網などによる混獲など人間の活動が原因であると推測されている。
 したがって、次のことを確認することができる。@沖縄本島で確認されているジュゴンの生息地はわが国で最後のジュゴンの生息地である。A世界的にはこの海域のジュゴンは北限の個体群として極めて貴重なものである。Bこの個体群は極めて小さい個体群であり、絶滅の危険にさらされている。

第3 実効性を有しない現行のジュゴン保護措置

1.現行の保護措置の概要
 ジュゴンは、IUCN(国際自然保護連合)のレッドデータブックでは、「絶滅種」、「野生絶滅種」、「絶滅危機種」、「準危急種」のうちの「絶滅危機種」とされ、「絶滅危機種」の中では「危急種」(野生状態で中期的に絶滅する危険をはらんでいる種)に分類されており、世界の多くの場所で捕獲禁止とされている。
 CITES(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約=ワシントン条約)では、オーストラリア個体群を除いて最も厳しく規制される附属書Tに属し、個体群の状態が良好なオーストラリア個体群は附属書Uに属している。
 日本哺乳類学会では、日本の南西諸島(琉球列島)のジュゴンについては、個体数が50頭未満であるとの判断のもとにIUCN基準上の「近絶滅種」(近い将来に高い確率で野生では絶滅に至る危機にある種)に相当する「絶滅危惧種」として指定している。
 南西諸島に生息するジュゴンは、戦前、史跡名勝天然記念物保存法により「国指定天然記念物」とされ、戦後は、沖縄の本土復帰前の1955年に「琉球政府指定天然記念物」、1972年の沖縄の本土復帰とともに文化財保護法により「国指定天然記念物」とされた。しかし、天然記念物に指定されているものの、地域を定めない種の指定であるために、指定による効果 は捕獲禁止にとどまる。
 また、ジュゴンは、水産庁の「日本の希少な野生水生生物に関するデータブック」では「絶滅危惧種」に、「野生水産動植物の保護に関する基本方針」(農林水産省告示第293号)では要保護野生水産動植物に指定され、水産資源保護法・同法施行規則により採捕が禁止されているが、それ以上の積極的な保護策は講じられていない。そして、ジュゴンについて定置網等による混獲被害が発生しているが、水産庁は定置網等の規制については漁業振興に相反するとして反対の意向を示している。
 また、絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(以下「種の保存法」と言う)では、国際希少野生動植物種に指定され、登録なしの陳列、譲渡等は禁止されているが、国内希少野生動植物種への指定はなく、同法によるより積極的な保護措置はとられていない。

2.生物の多様性に関する条約および国内環境法から要求される保護措置
 生物の多様性に関する条約は、種の個体群を自然の生息環境において維持・回復することをめざし、その手段として保護地域の指定・管理や生息地の回復のための措置をとることを定めている。これを受けたわが国の生物多様性国家戦略も、当面 の目標の一つとして「動植物に絶滅のおそれを生じさせないこと」を定め、「保護地域の指定と管理」や「野生動植物の保護管理」が必要としている。
 環境基本法は、施策策定の指針の一つとして「生態系の多様性の確保、野生生物の種の保存その他の生物の多様性の確保が図られる」ことを掲げ(14条2号)、種の保存法は、国内希少野生動植物種を指定し(4条3項)、捕獲等を規制するとともに(9条)、必要があれば生息地等保護区を指定して保護区域内の行為規制を可能にしている(36条以下)。 これら最近の生物多様性を目的とする法制度に鑑みれば、絶滅の危機に瀕している南西諸島のジュゴンは、最も北に分布する北限のジュゴンであり、わが国唯一のジュゴン地域個体群であるから、捕獲禁止措置のみでなくさらにより実効的な保護策が講じられなければならない。ところが、現時点においてジュゴンに対する積極的保護策が検討される動きはなく、所管庁である水産庁、環境庁等はジュゴンの生態調査さえ実施しようとせず、政府自ら種の保存法に基づく国内希少野生動植物種の指定も困難との見解を明らかにしている。
 ジュゴンについてはこれまで基礎的な生態調査が行われたことはなく、その生態、生息頭数、生息域さえ正確には把握されていない。他方で研究者らからは、ジュゴンの生息とその絶滅の危機が強く指摘されている。50頭未満とされる南西諸島のジュゴンは、可能な限りの保護策を講じた場合であっても絶滅を完全に回避できるか微妙な状況にあある。このような国内希少動物に対して何ら積極的な保護策を講じようとしないばかりか、生態調査さえ実施しようとしないわが国政府の対応は、明らかに生物の多様性に関する条約や関連国内法の趣旨に違反するものであり、国際的な批判を浴びることは必至である。

第4 早急に必要なジュゴンの保護

1.早急なジュゴンの生態調査と生息地保護を含む抜本的な保護策の策定
 前述したように、現在行われているジュゴンの保護措置は、個体の捕獲を禁止しているだけで、その生息環境保全のための措置は全くとられておらず、その生息環境の保護は不十分である。ジュゴン保護のために、早急にその生態調査を行い、生息海域保全を含む実効性ある保護措置がとられなければならない。

2.定置網漁、刺し網漁の規制と漁業者への補償措置の策定
 沖縄県では1979年以降、漁網によるジュゴンの混獲が9件報告され、そのうち3件が刺し網、6件が定置網によるものである。前記粕谷教授らのグループの調査によれば、「沖縄のジュゴンのような小個体群の場合には、これまで記録された2年に1回程度の事故死でも重大な影響を及ぼす可能性がある。ジュゴンの生活圏においては刺し網や定置網の設置を避けることが望まれる」として、これら漁業の規制の必要性を強く指摘している。
 これらの漁業の規制には漁業(権)者に対する補償措置の問題が避けられないと思われるが、同海域における漁業(権)者はそれほど多数でないものと推測されており、この補償問題の解決も実現可能と思われる。
 また、仮にこれらの漁業の禁止が不可能であっても、網の構造、設置場所等を考慮することにより、ジュゴンの混獲を防止する方策を検討すべきである。
 さらに、この海域で多く営まれているモズク養殖については、ネットによるジュゴン混獲の記録はないが、それが設置される場所はジュゴンの餌場である藻場と重なりあっており、モズクネットの設置場所の調整等も検討される必要がある。

3.普天間飛行場代替施設建設計画策定に際しての環境影響評価手続の必要性
(1)普天間飛行場代替施設計画
 防衛施設庁は、ジュゴンの生息海域である沖縄県名護市辺野古沿岸域に、普天間飛行場返還に伴う代替施設建設を計画している。前記代替施設の概要として1997年名護市の市民投票の際に提示された「海上ヘリポート基本案」によれば、この飛行場は、辺野古沿岸海域の公有水面 を埋め立てて建設される海上施設であり、くい式桟橋方式(QIP)または箱形方式(ポンツーン)とし、施設の規模は全長1500m、幅600m、滑走路の長さ1300mで撤去可能あること、米軍配備機種、機数ともに普天間飛行場と同程度の60機等となっていた。
 この計画に関しては、その後の1997年以降、沖縄県知事の提案により軍民共用空港とすることが検討されている。この軍民共用の飛行場建設計画の具体的な規模や工法等については未だ明らかにされていないが、前記「海上ヘリポート基本案」以上の規模の公有水面 の埋め立てが実施されることが確実である。
 前記代替施設建設による環境への影響としては、騒音、大気汚染・兵器事故による環境汚染、サンゴ礁 ・マングローブ林・藻場の減少・消滅、沖縄島東海岸海域に生息するジュゴンの生存に対する重大な悪影響等が予想されている。
(2)建設計画策定に際しての環境影響評価手続の必要性
 前述したとおり、普天間飛行場代替施設建設計画については、その建設場所、規模、内容、工法に関する詳細が未だ明らかにされていない。しかも、前記のとおり、この飛行場建設計画では、軍民共用の飛行場建設も検討されており、その場合には、過去に示された軍用海上ヘリポート基本案の計画規模を越えた大規模飛行場の建設となり、建設にともなう環境影響はさらに大きいものとなる。
このような大規模の公有水面埋め立てをともなう辺野古沿岸海域での飛行場建設は、以下のとおり、ジュゴンの生息に重大な影響をおよぼすと予想されている。とりわけ、同沿岸域は、現在確認されている沖縄本島東岸のジュゴン生息域の中央に位 置しているが、この飛行場建設はその生息域を分断する結果となるのであって、ジュゴンの地域個体群としての存続にとって致命的な障害となるおそれがある。
イ)餌場である藻場の消滅・減少
 埋立てや海中構築物の設置によって、直接藻場が破壊されるだけでなく、引き起こされる潮流の変化により、バランスが保たれていた周辺海域の生態系に大きな影響を与え、藻場の消滅・減少が予想される。建設予定海域の藻場はジュゴンにとって重要な餌場と推測されており、この藻場の消滅・減少はジュゴンの生息に大きな影響を与えるおそれがある。
 また、代替施設がすべて陸上に建設される場合であっても、工事中あるいは工事後に予想される土砂、赤土の同海域への流入により(これまでも沖縄県においては各所における工事等による海域への赤土流入によりサンゴ等の死滅、海の生態系の破壊が起きている)、藻場の消滅・減少のおそれがある。
ロ)騒音による影響
 ジュゴンは警戒心が強く、音に敏感な動物である。現在の普天間飛行場においても激烈な騒音が発生しているが、計画されている代替施設の建設・運用により、周辺は普天間飛行場と同程度の騒音被害に曝露されることが予見される。これらの騒音による周辺海域のジュゴンの生態に対する影響の可能性が大きい。
ハ)その他の影響
 現在でも、辺野古沿岸域においてはアメリカ合衆国海兵隊による水陸両用車の上陸訓練が行われ、騒音や藻場の破壊によるジュゴンへの影響が指摘されている。代替施設の運用によってこれらの訓練が拡大強化されることがあれば、ジュゴンの生態に対するさらに大きな影響の可能性が存する。その他、航空機事故や基地内施設からの油類等の流出等の事故の危険性も増大する。
したがって、上記のジュゴンの置かれた危機的状況に鑑み、ジュゴンの生息に対する影響を回避するために、防衛施設庁は、普天間飛行場代替施設建設計画を名護市辺野古沿岸域を予定地として策定しようとする場合、策定作業の初期の段階において、同施設の建設がジュゴンの生態に与える影響の程度を調査するために環境影響評価手続を実施すべきであり、また、同施設が民間共用飛行場としても計画されようとするときは、その事業者となる沖縄県は、防衛施設庁と共同して同様の環境影響評価手続を実施すべきである。

                                  以  上

ジュゴン保護に関する要望書(骨子)

要望の趣旨
1.水産庁、環境庁および沖縄県は、南西諸島海域に生息するジュゴン(以下、単に「ジュゴン」と言う)の生態調査を早急に実施し、その結果 に基づいて、ジュゴンの絶滅の危機を回避するに足る有効適切な保護措置を早急に策定、実施すべきである。
2.防衛施設庁および沖縄県は、普天間飛行場代替施設を名護市辺野古沿岸域に計画しようとする場合は、早期に、同計画がジュゴンの生息に与える影響について環境影響評価を実施すべきである。

要望の理由
1.過去に南西諸島全域に生息していたジュゴンは、最近の研究者グループの調査で、沖縄本島東側沿岸域にわずかに生息が確認されたに過ぎず、その地域個体群はその種の存続が困難なほど個体数が少数と推定され、かつ、沿海域での定置網・刺し網による混獲により断続的に個体が死亡する被害が発生していること、さらに、ジュゴンの重要な生息海域と推定されている沖縄県辺野古沿岸域に普天間飛行場返還に伴う代替施設の建設計画の存在等、同海域に生息するジュゴンの地域個体群の種としての存続が著しく危機的な状況にあることが判明した。
2.したがって、ジュゴンはその種(地域個体群)の保全のために即時に実効性ある保護措置が講じられなければならないが、現時点における保護措置は必ずしも十分なものとは認めらないばかりか、政府関係機関はこれ以上の保護措置をとることに極めて消極的な態度に終始し、ジュゴンの生態調査さえしようとしていない。このことは、ジュゴンの地域個体群の絶滅をあえて傍観するものと評価されてもやむを得ないものであり、種の保存法等生物多様性保全に関する法令等の趣旨に違背し、到底容認されるものではない。

3.そこで、早急に必要なジュゴンの保護措置として、
(1) 早急なジュゴンの生態調査と生息地保護を含む抜本的な保護策の策定
(2) 定置網漁、刺し網漁の規制と漁業者への補償措置の策定
(3) 普天間飛行場代替施設建設計画策定作業の初期の段階での環境影響評価手続
  を要望する。

                                  以  上


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