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  ■訴状 浅川ダム公金支出差止住民訴訟事件

2000.12.26     


 ※丸付き数字は、それぞれ半角括弧入り数字に置き換えました。
 ※単位を示す全角文字は、それぞれ「立方メートル」などと書き換えました。


   訴状

        当事者の表示

別紙原告、被告、原告訴訟代理人目録記載のとおり

浅川ダム公金支出差止住民訴訟事件

訴訟物の価格   算定不能
貼用印紙額   金八、二〇〇円

        請求の趣旨

一、被告長野県知事は、浅川ダム建設に係る平成一二年度予算に基づく工事費及び調査費等の支出見込六億一二八七万二五七〇円を支出してはならない。
二、被告吉村午良は、長野県に対し、浅川ダム建設に係る平成一一年六月九日から平成一二年六月九日までの支出金額を支払え。
三、訴訟費用は被告らの負担とする。

      請求の原因

第一、当事者
一、原告はいずれも長野県民である。
二、被告長野県知事(以下「被告知事」という)は、後記「浅川ダム」 (以下「本件ダム」という)建設に係る工事費を長野県予算から支出する権限と責任を有しているものである。
三、被告吉村午良(以下「被告吉村」という)は、長野県知事として平成一一年六月九日から平成一二年六月九日までの間、浅川ダム建設に係る工事費及び調査費等を長野県予算から支出したものである。

第二、本件ダム建設計画とその経過
  長野県(以下「県」という)は長野市浅川一ノ瀬地籍において本件ダムを建設する計画を立て、昭和四六年度より予備調査を開始し、平成一二年度よりダム堤体の建設工事に着工しようとしている。
 その概要等は、県の「浅川総合開発事業浅川ダム」によると次のとおりである。
一、本件ダムの目的
1 洪水調節
ダム地点の計画高水流量一三〇立方メートル/秒のうち一〇〇立方メートル/秒の洪水調節を行う。
2 流水の正常な機能の維持
 河川維持流量の確保と下流既得用水の補給
3 水道用水
  長野市に対し一日五四〇〇立方メートルの水道用水を供給する。
二、ダム及び貯水池などの計画概要
(1) 形式  重力式コンクリートダム
(2) 堤高  五四・〇m
(3) 堤頂長  一九〇・〇m
(4) 堤体積  二一万立方メートル
(5) 集水面積  一五・二平方キロメートル
(6) 湛水面積  〇・一一平方キロメートル
(7) 総貯水容量  一六八万立方メートル
(8) 有効貯水容量  一二八万立方メートル
 なお、右計画は平成一〇年度に次のとおり変更されている。
 堤高  五九・〇m
 堤頂長  一九三・五m
 堤体積  二四・二万立方メートル
三、本件ダム建設の総事業費
昭和六〇年四月の建設工事採択時に一二五億円とされていたが、その後
平成八年二月に三三〇億円へ変更改訂され、更に平成一〇年三月の深層地すべりの判明と地すべり防止対策の全面 的な見直し等により平成一一年三月に四〇〇億円に変更改訂されている。
四、本件ダム建設計画の経過
昭和四六年度   県単独の予備調査開始
昭和五二年    国庫補助の多目的ダムとして事業採択され、実施計画調査開始
昭和六〇年四月  国庫補助の建設工事採択
長野市と上水道供給の基本協定書締結
平成一年一〇月  付け替え道路の左岸ルート計画のための地質調査開始
平成三年 三月   建設省のダム基本設計会議でダム軸及びダム型式等の基本計画承認
平成五年一二月  付け替え道路の建設工事着工
平成七年 三月   浅川ダム建設事業全体計画の建設大臣認可
平成八年一二月  付け替え道路の建設工事完成、供用開始
平成一〇年三月  一ノ瀬右岸の地すべり地で深いすべりが観測され、県は深度四五mの深層すべりと推定
    一二月  長野県公共事業評価監視委員会が事業の継続を承認
平成一一年三月  総事業費四〇〇億円への変更増額について、長野市長と基本協定書を締結調印
     五月  市民団体に対し、深層すべりの判明を認める。
     七月  浅川ダム地すべり等技術検討委員会を設立し、地すべりと断層に関する安全性の審議を諮問
平成一二年二月  右技術検討委員会が知事あてに意見書を提出
     七月  ダム堤体の建設工事請負について一般入札実施

第三、本件ダムの危険性(有害性)
本件ダムは単に不要であるというのみならずその危険性により有害性が顕著である。
一、本件ダム周辺を取り巻く地形、地質と災害の歴史
1 本件ダムの周辺を取り巻く地形と地質について理解を容易にするため、別紙図面 (「危険マップ」という)を作成添付した。これは、長野市が作成した「ながの防災マップ」を原図として原告の一員内山卓郎が作成したものである。これを見ると、本件ダム周辺には地すべり防止区域、砂防指定地、断層、クリープ性ゆるみゾーンなどが縦横無尽に存在し、弘化四年(一八四七年)に発生した善光寺地震(マグニチュード七・四)の震央があり、かつ、市街地に極めて近接しているということが一目瞭然である。
 まず、(1)から(6)まで地すべり等防止法によって指定された地すべり防止区域が存在する。
 地すべり防止区域の指定はないが、(1)の対岸に面積約一〇haのほぼ対照の一ノ瀬左岸地すべり地がある。これはかつて善光寺地震の際に地すべりを起こした区域である。
 赤色の帯状の点によって囲まれた地域は砂防法によって指定された砂防指定地である(これは原図のままである)。
 (11)、(12)に県の調査によって判明したクリープ性ゆるみゾーンが存在する。
 (13)に奥西一夫京都大学教授が指摘する大規模地すべりの推定範囲がある(一ノ瀬右岸、左岸地すべり地を中心としている)。
 (14)に小坂共栄信州大学教授が指摘するダムサイト右岸山地の岩盤すべりの推定範囲が存在する。
ダムサイトから善光寺地震の震央までの距離は北北東に一・五三キロメートルである。
  (7)から(10)までの赤と緑の実線や破線のうち、赤の(7)の1から3は、昭和六三年三月作成の長野市防災基本図の中の表層地質図に推定及び伏在断層として図示されたものである。
 このうち、ダム地点直下に迫る(7)の2の推定断層は、県の地附山地すべり機構解析検討委員会が平成一年五月にまとめた地附山地すべり機構解析報告書の地質平面 図上に、伏在または推定断層として図示されたものと同一である。
 緑の(8)、(9)は県が実施した昭和五五年度活断層調査の結果図示された断層である。緑の(10)は県が実施した昭和六三年度貯水池地すべり調査の付図で推定断層及び破砕帯として図示されたものである。
 (16)から(20)までは、鉱泉や石油、天然ガスがかつて湧出していた地点である。
 つまり、本件ダムの周辺地域は、二?以内に地すべり等防止法の地すべり指定地六区域、面 積約二八九haと未指定の地すべり地が密集している地域であり、同時に砂防法の砂防指定地という二重の地域指定がなされ、それ故に地質条件の脆弱、劣悪さが極だっている場所である。
 しかも、長野盆地西縁部は、活断層が集中分布している。
 また、地質条件は地附山地すべりと同じ裾花凝灰岩であり、地附山と同様に熱水変質したモンモリロナイトも分布している。
 鉱泉や石油、天然ガスの湧出は、断層の存在を推定させる自然現象である。
2 過去に浅川では、先に述べた善光寺地震時の地すべりと土石流による大災害(死亡者数不明)及び昭和一四年四月の論電ケ谷池の堰堤決壊による土石流災害(死者一九名)などの大災害が発生している。
二、本件ダム計画の経過
 このような場所に、県は本件ダムの建設計画を立て、第二、四記載の経過のとおり実施してきた。
三、本件ダムサイトの位置の変転
1 県は、昭和四六年に予備調査を開始し、平成三年三月一二日の建 設省ダム基本設計会議の技術的検討を経て、ダム軸の位 置を修正上流案の+25m軸、ダム型式を堤高五四mの重力式コンクリートダムなどとダム計画の諸元を決定した。予備調査開始より二〇年余りの間、県はダムサイトの地点を選定するための地質調査を続けたが、いずれも不適当として断念を繰り返し、ダムサイト候補地点は四転五転した。すなわち、昭和四六年の下流案、同年から四八年までの上流案、同じく最上流案、五〇年の南浅川ダム案、五一年からの修正上流案へと変転したのである。各案の位 置は、別紙図面に図示したとおりである。いずれも、主として地質条件が脆弱劣悪なために不適断念としている。
2 これらの案を要約すると、上流案は、浅川左岸側のクリープ性ゆるみゾーンにかかるという欠点があった。しかも実は、上流案と下流案は地すべり防止区域(浅川南部)内であった。
 修正上流案は、昭和五一年度から五五年度までの地質調査により、地形的には優れているが、河床から左右両岸にかけて熱水変質した地質が広域に分布している欠点があり、不適当とされた。
 最終的に、修正上流案の+25m軸案と+150m軸案が残った。しかし、前者は「河床から左岸にかけて広域に熱水変質をともなうスメクタイト化している」ため、熱水変質部分のない後者が最も優れたダムサイトとして選定され、これが建設省のダム基本設計会議直前の平成三年一月から二月頃まで最有力候補地点とされていた。
  ところが、+150m軸案も、岩盤の凝灰岩の軟質さ、河床部の 異常な高ルジオン値(透水性が高いこと)、河床付近の右岸低地に 幅四〇mの脆弱帯があること、などの理由で、ダム基本設計会議の 直前に不適当となった。
 そして、何と「河床から左岸にかけて広域に熱水変質をともなうスメクタイト化している」として不適当となった+25m軸案が、この基本設計会議で最終的なダム軸位 置となったのである。本件ダム計画地点のように、熱水変質した地質が大量かつ集中的に分布している場所にダム建設地点が選定されるというのは、この国においてこれまでに例のないことである。
四、この変転の理由
 二〇年以上にわたり四転五転したダムサイト案が、最有力の主候補地点+150m軸案ではなく、+25m軸案に逆転決定された理由は、平成一〇年に開催を予定していた長野冬季オリンピックとの関連であった。県は五輪道路として、本件ダム計画の付けかえ道路を利用する方針を決めたために、「どうしても平成三年三月のダム基本設計会議でダム軸の位 置を決定しなければならない」という時間的制約をかかえていた。
 このような逆転の理由は、平成一年一〇月、ダム地点が未定であったにもかかわらず、付け替え道路ルート計画を先に決めて本格的な地質調査を開始し、さらに平成三年一月には、付替道路基本計画から工事用仮設道路計画を設定して断面 図上に設計数値を入れた付替道路計画調査報告書を作成しており、道路地質調査の一年五か月後の平成三年三月にダムサイトを決定していることから明らかである。付け替え道路ルート計画を先に設定し、その道路に合わせる形で、後からダム建設地点を決定したのである。
五、本件ダムの危険性
 これまで述べたことから明らかになったとおり、本件ダム計画は、調査してその安全性が確認されないどころか、逆に、広い範囲に熱水変質を伴うスメクタイト化している+25m軸(平成四年に+35m軸に変更して平成七年の全体計画のときに正式決定)に建設されようとしている。一旦は、熱水変質部分をさけて、+150m軸を選んでいたほどの地質条件なのである。
 また、経過的事情から、一、で述べた地形地質上の安全性についての調査を決定的に欠如して計画されているものである。
六、本件ダム建設の危険性(その一)−ダムサイトの地質−
 前述のとおり本件ダムサイトの裾花凝灰岩の地質は、熱水変質を伴いスメクタイト化しており、河床から左右両岸にかけて熱水変質した地質が大量 かつ広域に分布している。これは地附山地すべりの裾花凝灰岩のモンモリロナイト化と類似、共通 する地質条件である。
七、本件ダム建設の危険性(その二)−断層の存在と調査の欠陥−
1 昭和五九年三月に纏められた建設省の「ダム建設における第四紀 断層の調査と対応に関する指針(案)」(以下「第四紀断層調査指針(案)」という)は、一次調査と二次調査に分けて断層調査の方 法を示している。
 これは一次調査と二次調査を区分して具体的に断層の調査方法を指示しており、一次調査は主として文献調査、空中写 真及び地形図による調査並びに地質踏査により行うとしている。
2 県は、昭和五五年に第一回の活断層調査(以下「五五年活断層調査」という)を行い、更に平成一年に第四紀断層調査の一次調査(以下「平成一年第四紀断層調査」という)を行った。しかし、これ らの報告書はダム建設地点と砂防指定地、地すべり防止区域との位 置関係を無視して触れていないうえ、ダムサイト部分のブランド薬 師温泉永原荘の鉱泉湧出を除き、周辺地域における鉱泉、石油及び 天然ガスの湧出などの自然現象と断層との関係についても触れていない。
3 極めて特徴的な欠陥は、長野市が昭和六三年三月、地附山地すべり発生を契機として作成した長野市防災基本図の表層地質図がダムサイトを横断する断層線と推定及び伏在断層線を図示し、平成一年 五月の地附山地すべり機構解析報告書の地質図がダム地点直下約一〇〇mの位 置に迫る伏在及び推定断層を図示し、浅川断層と名付けていたにもかかわらず、文献調査でこれら二点の重要文献を見落としていることである。これは添付図面 の(7)の1〜2の赤い線である。
 結局、県は、平成一年第四紀断層調査によって、ダム基本設計会議のときに「ダム軸近傍及び横断する第四紀断層はない」という結論を参考資料に記述し、その結論を前提として技術的検討の承認を受け、ダム地点を決定している。この調査は、長野市の防災基本図の表層地質図と地附山地質図で図示されていた二本の断層を見落とすという重大な欠陥をもつ文献調査から出発し、第四紀断層はないと結論づけ、二次調査にまで至らなかったことが明白である。
4 また、昭和六三年度から平成五年度の貯水池地すべり調査の地質平面図によると、一ノ瀬両岸の地すべり地を横断し、さらに本件ダムの貯水池をはっきり横断する形で二本の推定断層線と破砕ゾーン を図示している。これは別 紙図面の(10)の1及び(10)の2の緑の線である。ところが、この断層線と大規模な破砕帯を確認したと記述している報告書の説明は、平成三年以降の報告書では付図で図示したまま何らの理由を示すこともなく突如として消えてしまうのである(平成六年以降の付図では断層線そのものも消えている)。
 このように、県が実施した昭和五五年活断層調査と平成一年第四紀断層調査に基づけば、本件ダム計画は第四紀断層調査指針(案)の二次調査をしなければならないダム計画のはずであったところ、県は、第四紀断層調査の結果 を「ダムサイト及び貯水池を横断する断層は存在しない」と結論付けて、二次調査を実施しないまま平成三年三月の建設省ダム基本設計会議でダム建設地点を決定してしまったものである。断層に関する調査と結論には明らかに欠陥がある。これは前述のとおり平成八年一二月までにオリンピック道路を建設しなければならないという時間の条件があったからである。付け替え道路、すなわちオリンピック道路の建設に間に合わせるためには平成三年三月までにダム建設地点を決める必要があり、ダムサイト及び貯水池を横断する第四紀断層はあってはならなかったのである。
5 長野市の表層地質図と地附山地すべり報告書の地質図という二つ の重要な文献がありながら、県は平成一年から三年三月のダム基本設計会議までにまとめている第四紀断層調査に関する報告書類のなかで、二つの重要文献で図示されていた断層については何一つ記述していない。断層分布図も引用していない。
 また、県の調査によって判明した別紙図面緑色の「貯水池を横断する断層」((10)の1から(10)の3)については、第四紀断層である可能性は極めて高い。これは県のそれまでの調査報告書の記述によってわかる。しかし、この「貯水池を横断する断層」については、個々の断層の長さ、深さ、地層のずれ、地表の変位 の有無、活動度の判定、更に判定方法が一切明らかにされていない。
八、本件ダム建設の危険性(その三)−地すべりの存在−
1 別紙図面のとおり、浅川を挟んで貯水池の左右両岸にそれぞれ面積約一〇haの相似形の大規模地すべり地(一ノ瀬)があり、貯水池の湛水後にはこの二つの地すべり地の末端部を水没させる計画にな っている。これは延長約三五〇m、最大幅約八〇mに渡って地すべり地を帯状に水没させ、地すべり地の地山へ水を供給することにな る。しかも一ノ瀬右岸の約七haは既述のとおり地すべり防止区域に 指定されている。こういう事例はわが国内にはない。
 (ダムの貯水池が地すべり指定地に掛かっている事例は、建設省の直轄ダム蓮、新潟県の奥三面 の二例のみである。)
2 深層地すべりの判明
 県は一ノ瀬地すべり地について昭和五五年度に左岸から調査を開始し、五八年度から六〇年度の調査で右岸の深層地すべりの存在が懸念されるという事実を認識していた。ところが、平成三年三月の雪解け時に右岸で地すべりが発生し、六〇m二本の深いボーリングは被災し、孔内傾斜計による深層すべりの観測は不可能になってしまった。しかし、県は災害関連工事でこの地すべり発生に対応する地山水抜きの対策工事をしたのち、その後小康安定状態を保ち続けたことから深いすべりの観測を中断し、そのまま放置してしまった。
 平成一〇年三月、同じ雪解け時に深層すべりの変位が観測された。そこで県は、深層すべり面 の深度を四五mと判定して地すべり防止対策を全面的に組み直し、ダムの堤高、堤体積などのダム計画の諸元を変更し、総事業費を三三〇億円から四〇〇億円へ変更増額し、同年四月から補助ダムを所管する建設省に説明して協議を行った。
 一年二か月後の平成一一年五月、県は市民団体に対し、初めて最低推定深度四五mのすべり面 があることを認めた。しかし、この実際のすべり面は四五mよりもまだ深い可能性がある。
 この深層地すべりの判明が大きく報道された後の平成一一年六月末、県は「浅川ダム地すべり等技術検討委員会」を設置して、地すべりと断層について改めて安全性の検討をすることとなった。これは、それまで県がダム貯水池を横断する断層はない、ダム計画の安全性は確認されている、としてダム建設地点と全体計画を決め、ダム本体の建設工事を着工しようとしている条件を根底から覆すものであった。
九、本件ダム建設の危険性(その四)−深層大規模地すべりの可能性−
 別紙図面(13)のとおり、右技術検討委員会の奥西一夫委員が指摘する大規模地すべりが推定される。なお、すべり面 の深さが県の推定より深かったこと及び更に四五mより深い可能性のあることは前述のとおりである。もし、この(13)の大規模地すべりが起これば越流は確実である。
一〇、本件ダム建設の危険性(その五)−ダムサイト右岸の断層と岩盤  すべりの可能性−
  平成一一年一一月、小坂共栄信州大学教授は、別紙図面(14)のとお り右岸山地の岩盤すべり推定範囲を明らかにした。この岩盤すべり があった場合には、ダムの本体そのものが決壊するという可能性さえある。仮にそこまで至らないにしても、貯水池に大量 の土砂が崩落することによって、これまた越流による大被害が発生することは確実である。
  また、この小坂教授の現地調査によってブランド薬師山の尾根平坦部とダムサイト側山腹の斜面 上に幾条もの溝状地形(地溝状凹地)と穴状地形(シンクホール)が存在することが判明した。これらの地形のほとんどについて、県は気づいていなかったのである。これらの地形と、断層・岩盤すべりとの関連性については十分な調査も行われていない。こういう地溝状ドリーネは、まさに地附山地すべりの際に滑落崖上部に存在した地形と類似共通 するものであり、地すべり発生の兆候といえるものである。
一一、本件ダムによる災害発生の可能性
本件ダムは、集中豪雨や地震を誘因として貯水池周辺部において地すべりが発生し、貯留水の越流現象を生じるおそれがある。
  また、河床と両岸の基礎岩盤の脆弱劣悪さ、河床部深部と両岸山地に推定される活断層(第四紀断層)の存在及び岩盤すべりの発生などの条件により、ダム本体決壊のおそれも持っている。
一二、決定的な調査不足と建設の強行による人命被害
1 本件ダムは危険である。しかし、安全性についての調査は全く不十分である。県はこれまで十分な調査をして、安全であると主張してきた。 
 しかし、深層地すべりにも気付かず(気付いても一年以上にわたって隠蔽し)、小坂教授の指摘した地溝状凹地も指摘をうけてからあわてて現地調査を始める有様である。
 更に、地すべり防止区域内でダムサイト候補案を検討したり(別紙図面の下流案と上流案)、一旦は不適とした地点を本件ダムのダムサイトにするなど、その杜撰さは甚だしい。
2 本件ダム計画は改めて調査が尽されなければならない。
 図示された断層、地すべり、岩盤すべり、地盤等について科学性を重視し、十分な調査が実施されなければならない。
 長野市北部市街地に住む数万人の生命がかかっている。
 安全性を確認するための調査費用は、本件ダム計画の総事業費四〇〇億円に比すればその一パーセントにもはるかに満たないはずである。
しかし、県はこの調査をしないまま着工を強行しようとしている。

第四、本件ダムの不要性
一、本件ダムは洪水対策になり得ない。
1 浅川が暴れ天井川として下流住民から恐れられた大きな要因は、上流が地すべり地帯であり、ひとたび洪水や地震が起きれば土石流災害になることと、かつては典型的な天井川で河川の下をJR信越線と長野電鉄線が走るという状況であったため、堤防が決壊すると大きな洪水被害を受けたためである。
 しかし、すでに天井川は解消された。ところが県は、上流でダムを建設しなければ、洪水は防げないと過大な流量 計算を行っている。
2 京都大学砂防研究所助手上野鉄男氏の見解を示す。
 浅川は過去の洪水の際のピーク流量から、一〇〇年に一回の確率の洪水の基本降水流量 を計算すると県が作成した設計計算書の計算結果の二分の一以下となり、実態とかけ離れた計算が行われていることが明らかである。
 過大に設定された理由は
ア、計算に用いた降雨強度の時間分布に問題がある。
計算に用いた計画降雨強度は一時間の降雨強度が五四・五?/時、二時間の降雨強度が約三六?/時となっており、これは実際の雨量 データをもとにしたものではない。平成七年七月の洪水では、浅川流域で計画降雨量 に匹敵する一〇〇〜一八〇?/日の降雨を記録したが、時間雨量の最大は一八〜三五mm/時であった。
 イ、流出係数が過大に設定されている。
平成七年七月豪雨の実績から、合理式によって流出係数を逆算すると、浅川上流域の流出係数は〇・三四〜〇・四四となる。この結果 は、設計計算に用いられている流出係数の値(〇・六七)の五〇〜七〇%となる。
 県の浅川の治水計画は画一的であり、洪水流量の量的な対策に終始しており、総合的な質的対策が考えられていない。そして、過大な基本高水のピーク流量 が設定されている反面で、計画流量までは処理できるが、計画を超える洪水に対しては責任が持てないというものになっている。また、上流域の森林の保全や天井川形成の原因である土砂流出に対する対策、下流部の内水対策は不十分である。
二、河川改修等の下流域の洪水対策によって洪水の防止が可能である。
1 総合的な治水対策の具体化に当たっては、次のことが重要である。
  1 河川にはそれぞれ特有の個性があることを考慮して、その河川にあった治水対策を考える。
  2 その際に、過去の洪水時の流況や水害の実態を重視する。
  3 適切な治水安全度を確保しつつ、計画を超える洪水が発生しても、被害が分散して特定の地域に集中しないような対策が重要である。
2 これを浅川について見ると次のとおりとなる
1 天井川の改修
 天井川化している河道部分の天井川の解消は重要であり、すでにほぼ完了している。基本高水のピーク流量 を適切な値(県の治水計画のおよそ1/2〜2/3の値)に設定し、改修区間の最上流部の一〇・三〜一二・四km区間で若干の河道断面 の拡大をすれば、ダムによる洪水調整は必要がないことになる。天井川の解消は計画を超える洪水が発生しても、洪水氾濫に対する被害を小さくする。
 2 土砂流出対策
天井川形成の原因は上流域からの土砂流出である。また、浅川流域の平成七年七月の災害の調査から、土砂を含む流れの破壊力が大きいことが明らかになった。浅川の山地から扇状地への出口付近に沈砂池を建設して土砂が下流部の河道へ流出するのを食い止める対策が必要である。
 3 内水災害対策
 河道改修のみでは内水災害を防ぐことができないから、特別の対策が必要である。
 (a)内水排除のポンプの容量は不足しており、内水排除計画を強化する必要がある。
(b)長沼一号幹線排水路の途中で直接千曲川に排出すると、効率的で安全な内水排除ができる。
 (c)現在、遊水池的な役割を果たしている区域は、水害に対する補償制度や税制的な措置も考慮した上で保全することが重要である。
(d)計画を超えるような降雨に備えて、必要な場合には遊水池も配置することが重要である。
 4 流域上流部の保全
浅川流域の上流部の開発を控え、上流域を良好な状態で保全するこ
とが重要である。上流部にため池があり、過去に大災害を引き起こしたことを考えると、ゴルフ場などの大規模開発は許可すべきではない。
 5 市街地における流出抑制、学校のグランドや公園への雨水の貯溜、浸透性舗装、路面 排水の地下浸透などの対策が重要である。
三、長野市の水道用水の必要性は根拠がない。
1 長野市が本件ダムから一日五四〇〇立方メートルの水道水を取水することが ダム建設の目的の一つとなっている。そのため県と長野市は、ダム 建設費の二・八%を長野市が負担する基本協定書を結んでいる。し かし、長野市が浅川ダムから取水しようとしている日量 五四〇〇立方メートルは、長野市が現在確保している総水利権二二万三八〇〇立方メートルのわずか 二・四%と誤差程度にすぎない。
 長野市の今後の水道需給計画では、平成二三年度に一日最大二二万三八〇〇立方メートル必要となり、犀川から取水している一五万四〇〇〇立方メートルでは不足するとしている。しかし、長野市の総合計画では、人口予測を平成一二年度に四三万人と過大に想定しており、現在の三六万一〇〇〇人と七万人に及ぶ開きがある。しかも、新しい第二次総合計画では、人口の伸びを大きく修正して平成二二年に四〇万人にしたが、水道水の需要予測を変えてはいない。さらに、長野市は第七次拡張計画で犀川浄水場の処理能力をあげ、平成二三年までに供給量 を一日六万九〇〇〇立方メートル増やすとしており、計画通りで行けば、給水量 は全部で二二万三〇〇〇立方メートルとなる。現実離れしている過大人口想定の場合であっても、本件ダム計画の五四〇〇立方メートルなしで、水道水の需要を十分に達成することができる。つまり、本件ダムからの五四〇〇立方メートルはまったく不要である。
2 また、一人当たりの水道水の需要予測にも問題がある。長野市の最も新しい第七次拡張計画は、平成五年から平成二四年で一人一日最大配水量 を七〇一リットルと設定している。ところが、平成元年 から一〇年間の一人一日最大配水量 実績は四八〇リットルであり、実績値の一四六%と四割も過大に見積もっている。総合計画におけ る人口増は平成一二年度四三万人から平成二二年度四〇万人に下方 修正され、さらに、長引く不況の下で景気も落ち込み、事業系の水 需要は減少し、一般 家庭の節水もあり、また、長野北新都市構想計 画など大型な開発もなくなっている現在、信頼度の乏しい水需給計 画は早急に見直さなければならない。人口想定の過ちをもち、一人一日最大配水量 を一四六%も多く見積もっている需要予測はあまりにも過大といえる。全国的にも、各自治体は、長野市と同様の理由から将来の水需要予測を正確に見積もり、下方修正しようとしている。
3 さらに、汚染された水道水を長野市民が飲料水として使用するという問題がある。昭和六〇年四月、県は長野市と基本協定書を結んでいるが、その僅か八か月後の同年一二月、県と長野市は、水道水 源と予定している本件ダム貯水池のすぐ上流部の三ツ出地籍で出されてきた安定型産業廃棄物最終処分場の認可申請を認可した。この産廃処分場はかつて、死体が埋められていた等の事件を始め、不法投棄や敷地をはみだす違法埋立、野焼きなどで、たびたび問題を起こし、何度も長野保健所の指導をうけた施設である。水道水源を予定するダム貯水池の上流部に産業廃棄物処分場の許可をすることは、本件ダムの水道用水の目的が付け足しに過ぎず、補助の多目的ダムとしての事業採択を狙ったものであり、水道用水の必要性がなかったことを認めるものである。
四、費用対効果
 水を貯めない砂防ダムや治山ダムを別として、貯水能力を持つダム計画の開発コスト(費用対効果 を含む経済性)は、事業費と貯水量の関係から求めることができる。
 全国の建設済みと計画中の補助・多目的ダム三五六を抽出し、貯水量一立方メートル当たりの総事業費を算出してみると、本件ダムは一立方メートル当たり二万三八一〇円の開発コストとなる。総貯水量 一〇〇万立方メートル以上のダムの中では、二位の長野県角間ダムを一万円以上引きはなして一位 であり、貯水量五〇万立方メートル以上の部でも一位である。本件ダムは、全国で最も建設費の高いダム計画である。
五、ダム堆砂問題
本件ダム建設の大きな問題はその建設地が非常に複雑で脆弱劣悪な地質条件であるということである。特に、地すべり地の巣ともいえる一帯であり、全国のダム建設地の中でもきわだって異例といえる県は本件ダム計画の堆砂容量 を一〇〇年で四〇万立方メートルと見込んでいる。
 しかし、浅川流域のような流出土砂量の多い地形、地質構造を持つ山岳地を流れる河川にダムを建設する場合、その程度の堆砂容量 では不十分であることは他のダムや、裾花ダム・奥裾花ダムの実態を見ても明らかである。
 例えば、平成七年七月の梅雨前線豪雨の災害で、ダムの過大放流を行ったため下流で浸水被害が発生した裾花川の裾花ダムでは、建設から二五年八か月で七六・三%が埋まってしまっている。一〇〇年の計画堆砂量 五〇〇万立方メートルは、三分の一の三三年間で達成され、そこでダムの寿命は終わり、巨大な廃棄物となる。
 堆砂によってダムより上流は河床が上昇を続け、洪水時水位が高くなり、河岸山腹斜面 の崩壊はますます増大し、流域が荒廃する。ダム堆砂と河床上昇の悪循環が繰り返される。
 地すべり地帯の巣の中に建設される本件ダムの堆砂問題は極めて深刻である。

第五、本件支出
一、県は、このような本件ダム建設のために昭和四六年度以降毎年度、工事費や調査費等を支出してきた。
 特に、平成五年から平成七年度予算分の付け替え道路関係の公金支出額は九五億三〇〇〇万円あまりとなっている。なお、平成七年度末における付け替え道路の建設工事費は二〇六億円(ダム費一四〇億円、道路改良費六六億円)となり、総事業費を三三〇億円へ変更増額させる要因となっている。
 そして、既に述べたとおり深層地すべりの対策のために四〇〇億円に増加している。深層大規模地すべりや岩盤すべりの存在が明らかになることにより、この工事費は未曾有の膨張をすることになると予測される。
二、県は、本件ダム建設のため次のとおり調査費及び工事費を支出したり、支出する予定である。
1 平成一一年六月一九日から平成一二年六月一九日までの支出済み金額現段階では金額不明
2 平成一二年度予算(支出予算)
   六億三五〇〇万円(事務費二〇〇〇万円を含む)
3 平成一二年六月九日及び二三日以降の支出見込み
   六億一二八七万二五七〇円

第六、違法性
一、被告知事は、これまで述べたように全国で最も危険なダムでありかつ、無駄 なダムである本件ダムの建設に、国庫補助分を含めて長野県予算より前項に記載したとおりの支出を行い、あるいは行おうとしている。
 改正前の地方自治法第二条三項一号は、地方公共団体の事務として「住民の安全、健康及び福祉の保持」を挙げ、また災害対策基本法第四条は要旨「都道府県は、住民の生命、身体及び財産を災害から保護する責務を有する」と規定する。更に地方自治法第二条一四項は「地方公共団体は、その事務を処理するにあたっては、(中略)最小の経費で最大の効果 を上げるようにしなければならない」と定める。地方財政法第三条第一項は「地方公共団体は、(中略)合理的な基準によりその経費を算定し、これを予算に計上しなければならない」と、同法第四条の二は「地方公共団体は、(中略)支出の増加の原因となる行為をしようとする場合においては、当該年度のみならず、翌年度以降における財務の状況をも考慮して、その健全な運営をそこなうことがないようにしなければならない」とそれぞれ規定する。
 被告知事の本件ダムへの支出はこれらに違反するものである。
 因みに県の借入金は一兆七〇〇〇億円に上り、全国の都道府県のなかでワースト3に位 置するものである。
 よって、被告知事は、このような違法の公金支出をいまだ支出していないものについては支出してはならない。
二、また、被告吉村は、故意もしくは過失により、このような違法な支出をしたものであるから、県に対して損害を賠償する義務を負っているものである。
第七、監査請求前置
 原告らは、平成一二年六月九日及び同二三日、被告らの違法な公金支出等につき、長野県監査委員に対し、地方自治法二四二条一項に基づき、監査請求を行ったところ、同年八月四日付をもって同監査委員は、原告らに対して右監査請求につき請求人らの主張には理由がないとする通 知を行った。

第八、結論
 よって、原告らは、被告らに対して地方自治法第二四二条の二第一項一号、四号前段に基づき、請求の趣旨記載の判決を求める。

       証拠方法

一、甲第一号証(危険マップ)
 その他必要に応じ提出する。

       添付書類

一、甲第一号証(写し)             一通
二、訴訟委任状               二四三通

   平成一二年九月一日

原告訴訟代理人
弁護士  武田芳彦
弁護士  岩下智和
弁護士  大門嗣二
弁護士  上條 剛
弁護士  菊地一二
弁護士  相馬弘昭
弁護士  武井美央
弁護士  富森啓児
弁護士  縄田政幸
弁護士  中島嘉尚
弁護士  原 正治
弁護士  松村文夫
弁護士  毛利正道

 長野地方裁判所  御中


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