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  中部国際空港事業費差し止め事件 訴状

2000.12.23     



中部国際空港事業費差し止め事件

訴状

      原告の表示     別紙原告目録一及び二記載の通り

      原告代理人の表示  別紙原告代理人目録記載の通り

      愛知県名古屋市中区三の丸三丁目一番二号
      被告    愛知県公営企業管理者
             企業庁長 清水正一


請求の趣旨

一 被告は別紙事業目録一乃至三の開発に関する費用を支出してはならない。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
 との判決を求める。


請求の原因

第一 当事者及び対象
 一 当事者
  1 別紙原告目録一記載の原告らは、いずれも愛知県内に住所を有し、左記財務会計上の行為についての住民監査請求を経た者である。同請求に対し、平成一二年一一月二日付け愛知県監査委員加藤幸一外は監査請求を棄却した(一二監査第五六号、同第六〇号、同第六三号、同第六五号、同第六六号、同第七一号、同第七六号)。
    別紙原告目録二記載の原告らは、いずれも愛知県内に住所を有し、平成一二年一一月二七日付又は同月二八日付で右と同一内容の住民監査請求を行った者である。監査結果 は出されていないが、監査請求が棄却されることは確実である。
2 被告愛知県企業庁長は、愛知県が地方公営企業として経営する別紙事業目録一ないし三の事業の管理者であり、これらの事業において業務を執行する者である(地方公営企業法八条、愛知県公営企業の設置等に関する条例四条)。
 二 対象
本訴訟で対象とする財務会計上の行為は、いずれも中部国際空港建設事業に付随して実施される別 紙事業目録一ないし三に関連する一切の費用支出行為である。

第二 本件各事業の概要及び経緯
 一 概要
1 別紙事業目録一ないし三の事業、すなわち中部国際空港建設事業に付随して実施される空港島地域開発用地埋立造成事業、空港対岸部(前島)地域開発用地埋立造成事業並びに幡豆地区内陸用地造成事業(以下、各事業をそれぞれ「空港島周辺部事業」「前島事業」「幡豆事業」といい、三つの事業を総称して「本件事業」という。)は、いずれも愛知県企業庁(以下、「企業庁」という。)が実施する開発行為である。
空港島周辺部事業及び前島事業は、中部国際空港に隣接して約二三〇ヘクタールの海域を埋め立て、商業・業務施設用地、製造業用地、流通 施設用地などを確保する目的で計画され、これらの事業のために約二、四〇〇億円の出費が予定されている。投資した費用は用地の売却によって回収することが予定されている。
幡豆事業は、愛知県幡豆町の山林約一五〇ヘクタールを開発し、空港島及び前島の埋立てに必要な土砂を採取し、跡地に工業用地約四一ヘクタール、住宅用地約五ヘクタールなどを造成しようと実施するものである。幡豆事業の開発には約一、三〇〇億円の支出が予定されており、投資した費用は用地の売却によって回収することが予定されている。
 
 二 事業計画の経緯
1 中部国際空港計画の経緯
    中部国際空港計画における主な経緯は次のとおりである。
昭和五七年一二月 地元自治体及び経済界(愛知県、名古屋市、名古屋商工会議所、社団法人中部経済連合会)等が、新空港建設を運輸大臣に要望
昭和六〇年一二月 岐阜、愛知、三重の各県及び名古屋市と地元経済界で「財団法人中部空港調査会」(以下「調査会」という。)設立
平成元年三月 候補地の選定につき、岐阜、愛知、三重の3県と名古屋市の首長懇談会で「伊勢湾東部の海上(常滑市沖)」と合意
   平成二年五月   調査会「中部新国際空港基本構想」公表
   平成三年六 調査会「中部新国際空港の全体像について」公表
     同年一一月  閣議決定された「第六次空港整備計画五箇年計画」において、
             中部新国際空港が「調査実施空港」として位置づけられる
   平成八年一二月 中部新国際空港を大都市圏における拠点空港として位置付けた
            「第七次空港整備五箇年計画」が閣議決定される
        同月  愛知県「中部新国際空港の空港計画案に関する愛知県の考え方について」公表
   平成九年八月 運輸省「平成一〇年度航空局関係概算要求」及び「中部新空港に関
          わる平成一〇年度航空局関係概算要求」及び「中部新空港に関わる
          平成一〇年度航空局関係概算要求の考え方について」まとめる
   平成一〇年一月 岐阜、愛知、三重の各県及び名古屋市、名古屋商工会議所、社団
           法人中部経済連合会並びに調査会により「中部国際空港事業主体
           設立準備協議会」発足
        同月 「中部国際空港の設置及び管理に関する法律案」の国会への提出
           が閣議決定される
      同年三月 「中部国際空港の設置及び管理に関する法律」及び「中部国際空港
           の設置及び管理に関する法律施行令」成立
      同年五月 「中部国際空港株式会社」設立
        同月 運輸大臣「中部国際空港の基本計画」を公示
      同年七月 「中部国際空港の設置及び管理に関する法律」第四条に基づき、中
           部国際空港株式会社が、中部国際空港等の設置及び管理を行う者と
           して指定される
   平成一一年八月 中部国際空港株式会社、飛行場設置許可申請。
           中部国際空港株式会社及び愛知県企業庁が、公有水面埋立免許を愛知県知事に出願
   平成一二年四月 愛知県知事が公有水面埋立免許について運輸大臣・建設大臣に認可申請
           運輸大臣が中部国際空港株式会社に対し飛行場設置を許可
      同年六月 公有水面埋立てについて環境庁意見発表
           運輸大臣・建設大臣、公有水面埋立てを認可
      同年八月 建設着工

2 中部国際空港建設の見直しを求める地元市民の申入れの経緯
    右のような空港建設推進の動きとともに、空港の見直しを求める市民の根強い運動も次のように続いている。
平成二年一〇月に、市民団体「空港を考える市民の会」が発足し、以来、右市民団体外複数の市民団体により、毎年、愛知県知事宛に空港建設計画の見直しを求める要請書が提出されるとともに、愛知県庁において、空港の見直しを求めての愛知県知事らとの交渉が続けられてきた。
右団体外複数の市民団体により、平成六年七月以来、毎年、常滑市役所において、空港受入の見直しを求めての常滑市長らとの交渉も続けられてきた。
平成九年一一月には、右市民団体らから運輸大臣・環境庁長官に宛てて空港建設中止を求める請願書が提出され、平成一二年一月には、同じく右市民団体らから農林・林野・建設・運輸・環境の各省庁に宛てて、中部国際空港建設の見直しを求める申し入れがなされた。
さらに、平成一二年九月には、前島事業の見直しを求める旨の名古屋弁護士会会長声明も発表されている。
このように、中部国際空港建設計画に対しては、その内容を疑問視する根強い地元市民の意見が存在している。

3 中部国際空港は、空港整備法上「第一種空港」と位置づけられている(空港整備法二条一項一号)。第一種空港は、国際航空路線に必要な空港であって、原則として運輸大臣が設置・管理し(同法三条一項)、本来国がその費用を負担すべき空港、すなわち国家的必要性に基づいて設置されるべき空港である。
  しかしながら、中部国際空港の場合は、右の経緯から判るように、国が全国的な航空ネットワークや航空需要等をにらんで設置を決定したものではなく、当初より地元経済界等が地域経済の発展を目指して構想を練り、設置を主導してきたいわば第三種空港(地方空港)的発想によるプロジェクトである。このように中部国際空港は、本来的に国家的需要に基づく事業でなく地域活性化のために政治的に誘導された事業計画であるため、国の負担を軽減すべくその設置・管理や費用負担について空港整備法の原則に変更が加えられ(同法三条三項)、「中部国際空港の設置及び管理に関する法律」(以下「中部国際空港法」という。)によって、運輸大臣が指定する特定の株式会社が空港の設置及び管理を行うこととされている(中部国際空港法四条)。そして、地元企業や自治体が資本金の多くを出資して設立した株式会社「中部国際空港株式会社」が、同法に基づく空港設置・管理の事業主体として指定されているのである。その上、空港周辺部の整備等を愛知県企業庁の地域開発用地造成事業とすることによって、実質的な空港整備の費用の多くの部分を地元自治体である愛知県が負う構造となっているのである。
  第一種空港の設置・管理主体を第三セクターの株式会社としつつ関連事業を地元自治体の負担による開発とする方式は、関西国際空港開発において初めて採用された方式であり、本件事業は正にその引き写 しである。現在、関西国際空港が財政的に破綻に瀕し、空港周辺用地への企業誘致もままならず泉佐野市等の地元自治体の財政が危機的状況にあることは周知の事実である。そのような中において愛知県は、中部国際空港及び関連する本件事業の推進により正に同じ徹を踏もうとしているのである。それどころか、中部国際空港計画の場合は関西国際空港計画に比べて、より一層空港設置管理会社が利益の見込まれるところのみを担当し、関連する不採算部門を地元自治体が負担する構造となっている。関西国際空港の場合以上に地元愛知県が財政的に大きな打撃を被ることを免れない構図となっているのである。
  このように中部国際空港及び本件事業の計画は、当初より空港利用者等の需要に基づかず政治的に誘導された計画であるため、本件事業計画の様々な部分に無理・強引で過大な見積もりや虚構が含まれている。かかる経緯で進められてきた計画であるために、中部国際空港及び本件事業計画は、虚構の上にようやく成り立っているとさえ言えるものなのである。

第三 中部国際空港建設事業の合理性の欠如
一 開発の概要
 1 中部国際空港建設事業は、伊勢湾常滑市沖を埋め立て三五〇〇メートルの滑走路を有する国際空港を建設するものであり、関西空港に次ぐ国内二番目の海上空港の建設事業である。事業主体は、中部国際空港株式会社であり、埋立面 積は四七三・三ヘクタール(名古屋市中区の総面積のほぼ二分の一)に及ぶ。
   総事業費は七六八〇億円とされている。このうち出資金が一〇二四億円であり、内訳は国が四一〇億円、地方自治体が一〇二億円、民間が五一二億円である。その余は貸付金によって賄われ、無利子貸付金が二〇四八億円で、内訳は国が一六三八億円、地方自治体が四一〇億円である。事業資金の大半である四〇八六億円は有利子貸付によって賄われ政府保証と長期借入金によるとされている。
 2 中部国際空港は、大都市圏における国内拠点空港として位置づけられているとともに、国際ハブ空港として設置するものとされている。国際ハブ空港とは、国際間の航空ネットワークにおいて、自転車の車輪のハブ(車軸)のように乗り継ぎ等の中核となって、世界各地から世界各地の空港へスポークのように多くの航空便が発着する空港を意味する。
   我が国の国際ハブ空港としては、すでに新東京国際空港及び関西国際空港が整備されているとともに、それぞれ滑走路の増設等空港能力の拡充が計画されている現状にある。中部国際空港はこれらに次ぐ第三の国際ハブ空港として位 置づけられているものである。
   第七次空港整備五箇年計画(平成八年一二月一三日閣議決定)によれば、「航空ネットワーク形成の拠点となる大都市圏における拠点空港の整備を最優先課題として推進する」とし、具体的には「新東京国際空港の並行滑走路等の完成」、「東京国際空港の沖合展開の早期完成」、「関西国際空港の全体構想のうち二期事業として並行滑走路等の整備」を推進課題として挙げた上、中部国際空港を第四の事業として「中部圏における新たな拠点空港の構想について、定期航空路線の一元化を前提に、関係者が連携して、総合的な調査検討を進め早期に結論を得た上、その事業の推進を図る」ものと位 置づけている。

 3 中部国際空港及び関連事業の工事は、平成一二年七月三日から開始され、同年九月一八日には航路・泊地浚渫埋立工事、空港島護岸築造工事などが着工されている。

二 中部国際空港の必要性の欠如並びに不採算性
1 中部国際空港建設の必要性として愛知県や中部国際空港株式会社等が挙げるのは「二一世紀初頭には名古屋空港の処理能力が限界に達する」ことである。
  これは、今後の名古屋空港の航空需要が次の通り増大するとの試算を根拠としている。
  すなわち一九九六年実績(国際線旅客三六三万人、国内線旅客五八〇万人、国際線貨物八万トン)に比べて二〇一〇年には、国際線旅客数が一・六倍(五九〇万人)、国内線旅客数が一・四倍(八四〇万人)、国際線貨物量 が四倍(三二万トン)という需要予測であり、二〇二五年には、同じく国際線旅客数が二・三倍(八三〇万人)、国内線旅客数が二・一倍(一二二〇万人)、国際線貨物量 が五・五倍(四四万トン)という大幅な増加が予測されている。
  こうした予測は、「第七次空港整備七箇年計画」の基礎とされた航空需要予測に基づくものであるが、需要予測の根拠自体が不明確であるだけでなく、過大である。このことは、同計画に基づく関西空港の需要が既に予測を大幅に下回り、見直しを余儀なくされていることからも明らかである。
  以下では、右需要予測が如何に過大なものであるかを航空旅客需要に即して述べる。
 
2 航空旅客需要について
   名古屋空港は国内線旅客を中心とする特徴を有しており、国内線旅客と国際線旅客
  の比率は概ね六対四である。したがって、以下では国内線需要、国際線需要の順に予
  測が過大であることを述べる。
  ・ 国内線旅客需要について
    名古屋空港の国内線に就航している機材は中型機・小型機のみであり、また、羽
    田・伊丹の各空港に比べ、航空会社が複数参入するダブル・トリプル路線が少な
    く、シングル路線が多い点に特徴がある。
    これらシングル路線は、専ら地方空港との間を結ぶもので、シングル路線となっ
    ているのは、他社が参入するほどの利益がないことを示している。旅客数、利用
    率とも低い路線が少なくなく、需給調整規制が廃止され路線からの撤退も容易に
    なった現在、低需要路線として休廃止される路線が増加することが予想される。
    一方、ダブル路線については、採算性の悪化を理由に運休・減便・機材の小型化・
    子会社への移管などの措置が拡大している。
    すなわち、国内線旅客需要を見る限り、名古屋空港の処理能力が限界に達するよ
    うな需要増が発生するとは到底見られない。一部の観光リゾート路線を除けば、
    路線の現状維持が精一杯である。むしろ航空企業の合理化や羽田発着枠の拡大に
    よる路線増便が進めば、航空会社の名古屋空港利用度は一層下方修正される可能
    性が高いことに注意すべきである。
  ・ 国際線旅客需要について
    一九九八年三月、日米航空協定が拡大均衡する形で合意された。同協定は本格的
    な航空自由化時代の到来を告げるものである。これにより航空各社では、生き残
    りをかけた激しい運賃競争と合理化などの企業競争が開始されている。このため
    収益性の低い空港は、航空業界によって容赦なく切り捨てられることになる。
    たとえば、全日空は自社便の運行を成田発着路線などの高需要・高収益路線の増
    便と関西空港からの路線シフト、および関西発着のアジア路線に充当し、ビジネ
    ス路線を中心とする航空ネットワークを構築し、それ以外の低収益路線は、アラ
    イアンス関係にある他航空会社に任せ、経営の再建と競争力強化に備えている。
    こうした傾向は、日航とエアシステムも同様であり、自社便の運行を日米ビジネ
    ス路線では専ら成田空港を拠点(一眼レフ構造)とし、アジアビジネス・観光路
    線では成田空港・関西空港を拠点(二眼レフ構造)とする国際路線の再編を進め
    ているのである。そこには名古屋空港を国際空港として認知して、国際航空戦略
    を構築する方向を見いだすことは到底できない。
    海外の航空会社にも、名古屋空港を拠点空港とする方針はまったく見いだせない。
    在日外国航空会社協議会(日本に就航する外国航空会社四六社が加盟)が二〇〇
    〇年一〇月に出した声明『急降下が求められる高水準の日本の民間航空経費』は、
    名古屋空港について次の通り述べている。
   「(名古屋空港の)滑走路の使用率は飽和点からはほど遠い。名古屋地区で二四時
    間空港への格別の要請はなく、既に同空港にはヨーロッパやアメリカからの長距
    離便に対処できる二七四〇mの滑走路がある。」。さらに中部国際空港について
    は、右声明において「主に中部地域の威信のための施設として案出されたもので
    ある。それはさらに長い滑走路を望む航空会社からの圧力に応えて着想されたも
    のではない。航空会社は経費の負担を強いられないのであれば、特に必要はない
    が威信のために高価な施設を建設することにあえて反対はしない」とまで極言さ
    れているのである。
    かかる航空業界の対応の中に、中部国際空港をハブ空港とする展望を見いだすこ
    とができないのはあまりにも明らかであり、被告の需要予測が非常識なほどに過
    大なものであることは明白であるといわなければならない。
 3 小括
   以上、簡略に指摘した点のみからも、中部国際空港には、何らの必要性も展望も見いだすことはできない。既に破綻に瀕している関西国際空港事業以上の赤字を生み出すことは容易に予測されるものである。
   本件各事業は、全てが、かかる過大な航空需要の増大に立脚する空疎な夢物語というほかなく、重大な破綻に直面 することが避けられないものである。かかる事業への莫大な費用の支出は、まさに浪費と呼ぶ以外にないのである。

第四 空港島周辺部事業、前島事業の合理性の欠如
 一 製造業用地について
  1 空港島周辺部事業計画及び前島事業計画(以下、これらを総称して単に「計画」という。)は、空港島及び前島において製造業用地及び道路敷、緩衝緑地(前島のみ)を開発・確保することを計画している。空港島における製造業用地は、空港支援型工場・事業所及び空輸型製造業の要請に対応するものとされ、前島における製造業用地は、企業の将来的な需要に対応する製造業用地を確保しようとするもののようである。
    従って、空港島及び前島において製造業用地を開発する必要性があるというためには、確実な需要予測を行う必要があるが、計画ではこの予測は極めて杜撰で過大なものとなっている。以下、空港島及び前島の公有水面 埋立免許願書の記載内容に基づき、計画の需要予測が合理的根拠を欠く杜撰なものであることを明らかにする。
  2 まず、前島における需要予測の不合理性について述べる。
   ・ 第一に、計画では、前島における製造業用地必要面積の算定フローとして、
    平成一七年愛知県製造業出荷額が四六兆四〇四二億円(以下いずれも平成二
    年価格)であると想定し、この数値に基づいて、前島の製造業用地必要面 積
    を一八ヘクタールと算出している。
     しかし、計画の平成一七年の出荷額の想定は、昭和六〇年の二六兆七六二
    九億円と平成九年の三八兆五四八四億円の比較によってなされているところ、
    計画は、その間の経済情勢の変化を無視しており、平成一七年の出荷額の想
    定はきわめて過大である。昭和六〇年から平成二年頃は、いわゆるバブル経
    済によって製造業も一気に膨張した時期である。他方、平成二年以降は、バ
    ブルがはじけ、長期不況期になり、製造業も停滞している。さらに、我が国
    の経済構造も大きく変化し、今後急成長は望めない経済状況にある。従って、
    今後の出荷額を想定する場合は、かかる事情をふまえた算定をしなければな
    ければならないが、計画はこのような経済情勢の変化を考慮していない。
   ・ 第二に、計画は、前記のとおりの算定をする一方で、引き合い状況からの
    需要予測を行っている。
     これは、一三社の希望面積と工業立地原単位を用いて算出した面積のうち、
    小さい方の面積を合計して、必要面積を一四・三六三七ヘクタールとしている。
     しかし、まず、希望面積については、各社の希望面積をそのまま需要面 積
    として算定しているところが問題である。次に、原単位の数値の適正さも疑
    問である。全国平均値に基づいて「工業立地原単位」面積を算出していると
    推測されるが、前島における需要予測をするのであれば、原単位も地域性を
    反映した数値に基づくべきである。希望面積と工業立地原単位を用いて算出
    した面積のうち小さい方の数値を採用しているが、右のとおりの不合理性を
    有しており、合理的な需要予測ではない。
     さらに、そもそも右引き合い状況についての資料が明示されていないため、
    その内容の信用性や妥当性が検証できず、本当に引き合いがあるのかどうか
    すらも疑わしいものである。後述する幡豆地区内陸用地造成事業における調
    査結果の利用例にも見られるように、計画は、わずかな実数しかないものを
    過大に評価して、虚構に基づく需要を想定している可能性が十分にある。
   ・ 計画は、結論として、一四・三六三七ヘクタールを採用している。計画は、
    前記の算定フローの結果による数値ではなく、後者の引き合い状況に基づく
    数値を採用したと推測できるが、その点についての説明は何らなされていない。
    従って、なぜ後者の数値を採用したかの理由も述べられていない。ただ結論の
    数値を述べるだけであって、何の根拠も合理性も示されていないのであり、こ
    れが合理的な需要予測に基づくものといえないことは明らかである。

  3 次に、空港島の需要予測の不合理性について述べる。
    計画は、空港島における製造業用地は、空港支援型工場・事業所と空輸型製造業の需要に応ずるものとして開発するとしている。
    まず、空港支援型工場・事業所として、具体的に予定しているのは、クリーニング工場と特殊車両整備工場である。前者は、機内サービスに係るおしぼり、ヘッドレスト、制服、クッション、毛布、ヘッドホンなど、主に旅客輸送に伴う空港活動から発生する品物のクリーニングを行うものであるとして、年間離着陸回数と原単位 のかけ算により算出している。しかし、予測する年間離着陸回数自体が過大であることは、「中部国際空港の必要性の欠如並びに不採算性」において前述したとおりである。また、原単位 については、他空港の事例から設定しているが、その事例を採用した理由について何ら説明しておらず、当該原単位 の妥当性は不明である。このような数値に基づいて算出された必要面積が過大で不合理なものであることは明白である。また、特殊車両整備工場は空港内特殊車両の整備、メンテナンスを行うものであるが、新東京国際空港における面 積を参考にしたと述べているのみで、同空港を参考にすることの合理性等については何ら説明していない。到底、明確な根拠がある数値とは言えない。
    次に、計画は、空輸型製造業における必要面積について、引き合い状況に基づいて算定している。しかし、まず、引合面 積については、各社の引合面積(希望面積と同義と考える)をそのまま需要面積として算定しているところが問題である。次に、原単位 の数値の適正さも疑問である。全国平均値に基づいて「工業立地原単位」面積を算出していると推測されるが、空港島における需要予測をするのであれば、原単位 も地域性を反映した数値に基づくべきである。引合面積と工業立地原単位を用いて算出した平均的敷地面 積のうち、小さい方の数値を採用しているが、右のとおりの不合理性を有しており、合理的な需要予測ではない。
    さらに、そもそも右引き合い状況についての資料が明示されていないため、その内容の信用性や妥当性が検証できず、本当に引き合いがあるのかどうかすらも疑わしいものである。後述する幡豆地区内陸用地造成事業における調査結果 の利用例にも見られるように、計画は、わずかな実数しかないものを過大に評価して、虚構に基づく需要を想定している可能性が十分にある。
    以上述べたところから、空港島における需要予測は、杜撰で過大なものであることが明らかである。
 二 流通施設用地について
   計画は、空港島において、航空貨物運送代理等を行うフォワーダーが通関・混載などの通 常業務に加えて、流通加工、生鮮二次処理などへの取り組みといった業務サービスの拡大をすることに対応した、総合物流機能を確保するための用地開発を計画している。また、前島においては、前島の全体貨物量 に応じたトラックターミナルと倉庫を確保する必要性があるとして、それらの用地と道路敷の開発を計画している。
   まず、計画は、前島における流通施設用地の需要予測を、常滑市及び前島の製造業用地で取り扱う貨物量 の需要予測に基づいて行っている。しかし、常滑市で取り扱う貨物量は、昭和五一年、昭和六一年、平成八年のそれぞれの発生集中貨物量 に基づき、直線回帰によって算定しており、これは昭和五一年以降の景気変動や平成二年以降の長期不況等を考慮しない過大な予測となっている。また、前島における製造業用地の需要予測が極めて杜撰で過大なものとなっていることは、前述したとおりである。
   次に、計画は空港島の需要予測はフォワーダーへのヒアリングなどに基づいているが、フォワーダーへのヒアリング内容は不明であるため、その信用性や妥当性が検証できず、合理的な数値であるかどうか極めて疑わしい。
   以上のとおり、流通施設用地の需要予測も科学的根拠の欠けた杜撰なものになっていることが明らかである。
 三 ふ頭用地について
   計画は、空港島及び前島において、それぞれふ頭用地の開発を計画している。空港島においては、四日市港等からの海上アクセス、海上航空貨物運搬、遊覧船の需要に応ずるために必要であるとされ、前島においては、フェリー及び貨物船の利用、空港見学者の遊覧船利用などの需要に応ずるために必要であるとされている。
   計画は、それぞれの需要予測に基づいて必要面積を算定しているが、それらは、空港利用の需要、空港島及び前島を含む常滑地域での貨物取扱量 等に基づいて算出されるものであり、杜撰で過大な予測であることは、前述してきた製造業用地等の需要予測と同様である。

 四 商業施設用地について
  1 計画は、空港島において商業施設・業務施設を集約した複合ビルの建設を計画するとともに、前島において大規模商業施設とキャナルモールの建設を計画している。空港島における商業施設は、旅客・送迎者・見学者・商用者等の空港来港者及び従業員の物販・飲食等のニーズに対応するものとされ、さらに、前島における大規模商業施設も、これら空港利用者・商用者・従業者・観光客等の臨海部来訪者に対して一か所で全てのものが取り揃い多様なサービス機能や娯楽機能等を併せ持つ商業施設を新たに確保する必要があるとされている。また、キャナルモールは、既存市街地の活性化や市の発展を促すために空港利用者や観光客に対して魅力ある商業空間や憩い・くつろぐことができる空間を整備することが必要であるとして、水路を活用してアメニティ性の高い商業機能を併せ持った都市空間を整備するというものである。
  2 しかし、空港島のほかに前島にも大規模商業施設を建設することについては、確実な需要予測を行なう必要があるが、計画ではこの予測は極めて杜撰で過大なものとなっている。
    すなわち、計画では、知多地域及び常滑市の将来人口と知多地域の平成一七年の一人当たり目標売場面 積、知多地域における常滑市の人口割合から常滑市での新規必要売場面積を求め、それに駐車スペースを加えて、前島における大規模商業施設必要用面 積を割り出している。しかし、空港利用者等の来訪者の予測に基づくのではなく、地域の人口当たりの売場面 積から前島における大規模商業施設の必要用地面積を割り出すような計画は、収益の見通 しの関係では全く合理性をもたない。しかも、計画は、常滑市の人口は減少傾向が続いているにもかかわらず大幅な人口増を想定している点で前提に無理があり、また、常滑市内での新規必要売場面 積を全て前島での大規模商業施設の用地として計算している点でも全く非現実的なものとなっている。
  3 また、計画は、キャナルモールについて、常滑臨海部を中心とする半径六〇キロメートルの圏域を想定し、他地域の類似施設を参考にこの圏域を訪れる観光客数を予測し、その五分の一を常滑臨海部への観光客数とし、それに空港対岸部従業員数を加えてキャナモール利用者数を求め、そこから必要用地面 積を割り出している。
    しかし、参考とする他地域の施設は全国的な集客力を誇る千葉のディズニーランドと長崎のハウステンボスである。キャナルモールは水路を活用したアメニティ性の高い商業機能を持つ都市空間とされているものの、ディズニーランドやハウステンボスと同様の集客力を前提とすること自体が無謀というほかない。また、圏域内の知多・尾張・三河・北勢・中勢の五ブロックへの観光客の選択率を単純に五分の一とし、知多ブロックへの観光客の半数がキャナルモールを利用するとするのも全く根拠のない推計であって、この点でも需要予測は過大に見積もられている。

 五 オフィス用地について
  1 計画は、中部国際空港の開港に伴い、常滑臨海部には、人・物・情報が集中し、中部国際空港との近接性を生かした経済活動、産業活動の拠点が形成されることが予測されるとして、空港対岸部地域開発において埋立てによりオフィス用地を確保する必要があるとする。そして、愛知県のオフィス人口増加予測や企業に対するアンケート調査から空港対岸部でのオフィス用地の需要を計算している。
  2 しかし、過去のトレンドから単純に将来のオフィス人口を予測するのはバブル崩壊後の低成長時代にあっては過大な予測である。また、企業のアンケート調査では今後の経済成長を前提とするとの回答が多いにもかかわらずこの点を無視しており、また、アンケート調査で空港近接部への進出を「検討してみたい」との回答を含めて「進出を希望する企業の割合」としているなど、空港対岸部におけるオフィス需要予測は極めて過大に見積もられている。
 六 宿泊施設用地について
  1 計画は、関西国際空港内のホテル日航関西空港にならって、空港島において三六五室のホテル建設を予定するほか、前島にも七九八室の都市型ホテル、八四室の観光型ホテルの建設を計画している。
  2 しかし、都市型ホテルは、空港内事務所及び空港対岸部地域開発に対応する就業者数から需要を予測しているが、これは空港島や前島への企業立地を前提とするものであり、オフィス等の企業立地の予測が楽観的すぎることは既に述べたとおりである。また、観光型ホテルは、空港対岸部に訪れる宿泊観光客数から需要を予測しているが、これも過大な予測であることは既に述べたとおりである。

第五 空港島地域開発、空港対岸部埋立工事による自然破壊
 一 常滑沖、本件埋立予定地の環境
   伊勢湾は、湾中央部で最も深いすり鉢状になっており、二〇メートル以深が大部分を占め、一〇メートルより浅い部分は本件各事業が予定されている常滑沖にみられる他は海岸線付近に見られる程度である。湾底が陸域からの供給物質によって埋められた浅海で、木曽三川を始め、湾北岸から西岸にかけて多くの河川が流入している。木曽三川から流入した多量 の河川水は海水と混合しながら河口付近に広がり地球の自転の影響を受けて西方向に流れる。その結果 、湾西岸部である常滑沖は極めて潮通しがよく、豊富な栄養塩類、酸素が供給され水、底質環境は良好となる。
 二 本件埋立予定地が果たす環境的役割
   伊勢湾全体は人の活動により悪化の一途をたどり、近時は富栄養化が進み、大規模な貧酸素水塊(青潮)などの発生もみられる。その中で、浅い海に良好な環境を維持している常滑沖は伊勢湾環境全体にとっても重要な位 置を占めている。日本海洋学会海洋環境問題委員会は、一九九九年六月に「閉鎖性水域の環境影響評価に関する見解−中部国際空港の場合−」を発表している。これによれば、空港計画区域に近い常滑周辺のアマモ場は、伊勢湾全体のアマモ場の三三%を占め、種々の魚介類の産卵場や幼稚仔魚の生育場となっている。このことは、伊勢湾の漁業資源にとって常滑沖が重要な働きを果 たしていることを意味している。また空港対岸部には前浜干潟が広がり、干潟・アマモ場と周辺の浅場を加えた水域は、魚類・甲殻類・貝類などの生育の場ならびに、その他の底生生物が豊富で優良な漁場となっている。生物の多様性、収容力にめぐまれたこの浅海はこれらの生物達による水質浄化の場として、重要な役割を果 たしている。
 三 本件埋立事業による自然破壊
   常滑沖に空港島が建設され、前島事業により埋立が実施された場合、本件各事業は干潟・アマモ場の直接な破壊になる。そればかりでなく、海岸線、海底地形の変化は伊勢湾西岸部の海流の流れをせき止め、滞留部分を形成する可能性がある。場合によって空港島と対岸部が漂砂の堆積によってつながってしまうトンボロ現象も心配される。常滑沖はこれまで海流によって良好な環境を保ってきたのであるから、本件各事業が環境に与える影響は大きく、ひいては伊勢湾全体の水質や魚類の生産に与える影響が大きい。空港関連埋立事業によって、干潟・アマモ場が消失し、地形変化による底質・水質の悪化が生じ、周辺海域の生態系が変化すれば、結果 として伊勢湾の海域全体の水質の悪化につながるおそれが強いのである。
 四 環境影響評価について
   本件事業に当たっては平成一一年六月に、中部国際空港株式会社及び愛知県が環境影響評価書を作成している。それによると、(1)空港島と対岸部の海域幅の確保、(2)空港島の形状の曲線化、(3)空港島の隅角部の曲線化、(4)空港島の護岸壁面 の岩礁域生態系の創出などによって、生態系への影響は代償されるという。しかし、(1)から(3)までの施策を講じても、空港島建設によって局所的負荷が増大するとともに、流れや波が弱まったり就職したりする海域が広範囲に現れ、水・底質の悪化やトンボロ現象によってアマモ場や砂質浅海域生態系が削減する危険性は解消されない。Cに至っては、「創出」など非常に困難な作業であるほか、そもそも創出岩礁 域生態系は失われる海域の一〇〇分の一でしかなく、とうてい破壊される環境を補うことはできない。
 五 環境庁の意見
   平成一二年六月二三日、環境庁企画局環境影響審査課は公有水面埋立法第四七条二項の規定を受けて、次のような意見を述べている。
  「中部国際空港建設等の埋立が予定されている常滑沖は、富栄養化など水質汚染が進んでいる閉鎖海域であり、かつ沿岸において埋立が累積している伊勢湾の中でも、良好な水質・底地環境が維持され、生物多様性に優れ、最良の漁場ともなっている。また、本海域には、伊勢湾における最も良好な藻場があり、伊勢湾の生物生息環境の保全の上で、十分に藻場の保全を図る必要がある。
   このような状況を鑑みれば、中部国際空港建設等の埋立計画に関しては、最近の埋立事例としては最大規模のものであることから、特に慎重な対応を図るべきである。」として、企業庁に対して、「空港対岸部地域開発用地の商業・業務用地の埋立については、埋立工事に先立って、埋立区域における用地の確実な需要を確認し、・・・・・伊勢湾における環境保全の推進に配慮して、用途、工事等について必要に応じて見直しを行い、その結果 を踏まえて適切に対応すること」と意見を述べている。
   環境庁の意見は本件事業の容認を前提としている点で不十分なものであるが、それでも本件事業の問題点を指摘せざる得なかったのである。

第五 幡豆事業の違法性
 一 幡豆町開発と自然破壊
   幡豆町は、三河湾に向かって北方から南方へ徐々に標高を下げる山地と矢作川沿いに発達した西三河平野にまたがる地域に位 置し、東側に位置する三ヶ根山・愛知子供の国をそれぞれに囲む一体、南側に位 置する前島・沖ノ島を含む三河湾が三河湾国定公園に指定されている優れた自然環境の中にある。
   幡豆町内における主要河川は、二級河川の鳥羽川、八幡川及び準用河川の小野ヶ谷側、鹿川の四河川があり、そのいずれも三河湾に注いでいる。また、幡豆町内にはため池が多く、中でも計画地沿いの八幡川流域には八幡西上池、八幡西下池が小野ヶ谷川流域には小野ヶ谷西上池、寺池及び小野ヶ谷川流域には小野ヶ谷西上池、寺池及び小野ヶ谷東池が見られる。計画地は、八幡川と小野ヶ谷川にはさまれた山地に位 置しており、計画地周辺にあたる八幡川と小野ヶ谷川沿いの平地には住民の生活の場としての集落や水田が広がっている。計画地内にはコナラの優占する二次林が広い面 積を占め、下層の植生も豊かであるほかそこを生息地とする動物も多様である。実際、土砂採り予定の山は環境影響評価書に記載されていない絶滅危惧種の植物がいくつも発見されている。また小野ヶ谷川流域にはゲンジボタルの生息も確認されており、小野ヶ谷川に沿って三ヶ根山のハイキングコースにつながるハイキングコースも配されるなど計画地を含めた計画地周辺全体が里山的な良好な自然環境を有している。
   本件開発は、幡豆町の全面積の約六%(山林の約一〇%)にも当たる広大なものである。この開発によって、ゲンジボタルの自生地など豊かな里山が失われるのである。また、本件開発区域の森林の伐採により、八幡川、小野ヶ谷川がシルトなどにより汚濁され、そのまま三河湾へ流されることになり、三河湾の生態系にも影響を与えるおそれがある。

 二 幡豆町開発の経済的合理性の欠如と違法性
  1 本事業の概要は別紙事業目録三の通りである。計画地の位置は、愛知県幡豆郡幡豆町大字西幡豆地内の通 称弘法山の北部地区である。開発区域は東西に約一・二キロメートル、南北に約二・二キロメートルであり、計画地の面 積は約一四九・二ヘクタールで、うち造成面積は一一七・七六ヘクタールである。
    本件事業の総事業費は、約一三〇〇億円であるが、そのうち、土砂採取事業にかかる経費は土砂の売却によって回収し、跡地造成事業にかかる経費は、跡地開発によって生み出される工業用地、住宅用地などの売却で回収することになっている。
    土砂の用途は、造成事業により採取した土砂は、中部国際空港建設事業、空港島地域開発用地埋立造成事業及び空港対岸部埋立造成事業の埋立材として活用される。計画では平成一二年度から平成一九年度までに実施されると言う。
  2 事業の目的
   環境影響評価書(以下、「評価書」という)によると、本事業の目的は、「西三河地域の新たな複合拠点として工業用地、住宅用地等を造成することにより、幡豆町の長期的かつ安定的な発展に資すること」とされている。その上で、なお書きで、「造成事業に伴い発生する残土(約五〇〇〇万立法メートル)は、中部国際空港建設事業及び空港島地域開発用地埋立造成事業並びに空港対岸部埋立造成事業の埋立材として活用する」としている。    本来単なる土砂採取事業は地方公営企業としての被告の目的からいって許されない。そのため、本事業は被告が行ってきた内陸用地造成事業のひとつであり、法的には土地造成事業が目的となっている。しかし、本事業の経過等からすれば、本事業の真の目的が、計画地から土砂を採取することにあることは明らかであり、工業用地等開発は事業の後処理でしかない。そのため、本件事業によって開発される工業用地等に対する需要見通 しについては合理性を欠くものになっている。
  3 土地需要予測の欠如、不合理性
    被告は工業用地について計画地を含む地域に高い工業用地需要があるとし、これを示すものとして西尾及び吉良友国の造成用地の分譲が完了したことを挙げている。進出企業についても、被告が平成九年に実施した調査では、幡豆地区への進出を希望する企業が二五社あり、進出を検討したいとする企業が二四社あったと説明している。
    西尾及び吉良友国はいずれも事業が完了しているが、最近の深刻な不況下で引き続き用地が完売できることの証明とはならない。被告が造成し、現在分譲中七カ所の内陸用地の面 積は合計して七〇・九ヘクタールであるが、これら七カ所はどこも分譲に苦労しているというのが実態であるところ、当該幡豆地区の計画は工業用地四六・八ヘクタールであり、他地域と比較して桁違いに広大なため、分譲完了するとは到底考えられず、過大な需要予測に基づいているものと思料される。
    幡豆事業に際しての保安林解除申請書(以下「申請書」という)四四‐一頁では、必要面 積の根拠として、「企業に対する調査によれば、幡豆地区への進出を希望する企業が二五社あり、その希望面 積は八二ヘクタールある。」としている。そして、申請書四五頁には、「幡豆地区内陸用地造成事業に関する企業の引合状況調査結果 」との一覧表が掲げられ、「進出を希望する」とする企業が二五社、「進出を検討したい」とする企業が二四社であるとの調査結果 が記載され、それを基に開発面積を割り出している。しかし、右申請書の記載は、「多いに関心があり、進出を前向きに考えたい」(二社)と回答した企業と「一〇年先の将来のことではあるが関心がある。」(二三社)と回答した企業とを合わせて、「進出を希望する」とする企業が二五社であると、まとめているにすぎない。この回答結果 だけからは到底「進出希望」有りとして需要予測の基礎資料とすることはできない。
    さらに、各企業の希望面積が八二ヘクタールであるとする計算の手法も恣意的で合理的な根拠を欠くものである。企業の進出希望の意向に関する調査結果 自体が歪曲されており、その調査結果を基礎にした住宅用地の必要面積の検討は、全く合理性を欠くものである。

第六 本件事業及びそのための費用支出の違法性
 一 地方公営企業の特殊性
  1 本件事業は愛知県企業庁によって実施される。これは地方公営企業法に基づく特殊組織であり、高い独立性と経済性が求められる行政の一部門である。この点、地方財政法は、六条で公営企業の経営原則を定めている。そこでは、「公営企業で政令で定めるものについては、その経理は特別 会計を設けてこれを行い、その経費は・・・当該企業の経営に伴う収入・・・をもってこれに充てなければならない。」として、独立採算性をとることが定められている。
    この独立性、経済性から地方公営企業は、地方公共団体の長から直接指揮監督を受けない組織と、企業会計の方式で独立採算制をとる特別 会計を設けるなど、一般行政部門とは異なる次のような制度を採用している。
   ・ 管理者 
     管理者は、企業の業務運営に関し独立の執行機関に匹敵する強力な権限を有する。すなわち、管理者は、自己の名と責任において業務を執行し、対外的に地方公共団体を代表する。地方公共団体の長は、地方公営企業の日常の業務執行に関与することはできず、管理者に対する指揮監督権も極めて限定されている(地公企法八条、九条、一六条)。
   ・ 管理者の補助組織・補助職員
     地方公営企業の経営組織は、管理者の権限に属する事務を処理する組織(補助組織)として条例により設けられ(地公企法一四条)、地方公共団体の長の直接の指揮監督権は及ばない。企業職員(補助職員)は管理者の任免・指揮監督に服し、地方公共団体の長の任免権、指揮監督権は及ばない(地公企法一五条)。
   ・ 企業管理規定
     管理者は、地方公営企業の業務に関して企業管理規定を制定する(地公企法一〇条)。企業管理規定は、内部組織、企業職員の勤務条件のほか、行政財産の目的外使用の使用料を定める規定(地公企法三三条三項)等のように住民その他の外部者に関係する事項を定めるものもあり、一定の法規性が認められる。
   ・ 特別会計の設置
     地方公営企業の経理は、一般行政部門とは区分して、事業ごとに特別 会計を設けて行う(地公企法一七条)。
   ・ 独立採算制
     地方公営企業の経費は、原則として、当該地方公営企業の経営に伴う収入をもって充てなければならない(地公企法一七条の二)。
   ・ 料金の決定
     地方公営企業の料金は、公正妥当で、適正な原価を基礎とし、企業の健全な運営を確保するものであることを前提に決定される(地公企法二一条)。
  2 地方公営企業における経済性の意義
   ・ 地方公営企業の組織的独立性
     地方公営企業の経営原則は、企業の経済性の発揮及び公共の福祉の増進であるが(地公企法三条)、地方公共団体である以上、公共の福祉の増進を図るべきことは当然である。法がわざわざ地方公営企業を設けたのは、経済性の発揮という点にこそ力点があるといえる。
     地方公営企業は民間企業と同様の経済活動を営むものであり、可能な限り民間企業と同様の経済的合理性を発揮して運営されることが必要であるが、そのためには企業の運営に当たって政治的配慮その他の他事考慮とはできるだけ無縁であることが望ましい。
     そのため、地方公営企業については、強力な執行権限を有する管理者に企業の運営に関する全権を委ねて、地方公共団体の長の政治的関与を避けるとともに、管理者の補助組織を長から独立した組織とすることにより、一般 行政部門に比べてより政治的要素の排除を重視した組織にしているのである。
   ・ 特別会計について
     地方公営企業が経済性を発揮するためには、企業の経営成績と財政状況とを常に明確に把握することが必要であることから、事業ごとに特別 会計を設けて行うこととされている。
     地方公営企業はそれぞれ独立の事業として経営され、各々の事業の利用者も事業ごとに異なるものであり、受益者負担の原則のもと、企業に要する経費は料金としてその利用者が負担することとされている。受益者負担原則に基づいて料金を決定するためには、各々の企業についての経営成績と財政状況が明らかにされなければならない。このため、個々の事業ごとに会計を別 にしてその事業内容を明らかにすることとしているのである。
     このような一般会計から分離独立した特別会計を設置することは、独立採算制を採用する前提となる。
   ・ 独立採算制
     地方公営企業は、財貨やサービスを供給しそれに要する経費を事業収入という形で回収し、それによって新たな財貨又はサービスを生産するという生産活動を繰り返し継続していくものであり、投下した資本を自らの手で回収するという点においては一般 の企業と何ら異なるところはない。地方公営企業の供給する財貨又はサービスは特定の住民によって享受されるのみならず、その財貨やサービス享受の程度は利用者ごとに異なるものであって、一般 住民が等しく享受するものではない。このような財貨やサービスの供給に要する経費は、その財貨やサービスの供給を受ける者が、その供給される財貨やサービスの量 に応じて負担すべきであり、財貨やサービスの享受と関係なく徴収される一般住民・国民の税収をもって経費に充てるべきではない。そこで、地方公営企業の経費は当該企業の経営に伴う収入をもって充てなければならないとされている。
  3 別紙事業目録一の空港島周辺部事業及び同目録二の前島事業については約二四〇〇億円の支出が予定されており、商業・業務施設用地、流通 施設用地、製造業用地等のための土地開発が計画されている。別紙事業目録三の幡豆事業については約一三〇〇億円の支出が予定され、工業用地、住宅用地、公園用地等の開発が計画されている。いずれも、地方公営企業の事業であるから高い経済性が求められている結果 、これらの事業支出は、埋立用地、あるいは土砂採取のために開発された土地の売却によって回収を図らなければならないとされているのである。また、いやしくも税金を出費して事業を進める以上、その回収可能性について厳密に検討が行われなければならない。まして、経済性が強く求められる地方公営企業にあっては、投下資本回収の確実性が、周到なマーケットリサーチなどを基礎にした科学的データに基づき予想されていなければならない。しかしながら、以下に述べるように、本件各事業の収入は到底見込めず、企業庁が実施したリサーチはお話にならないほど粗末なものである。このような杜撰な計画は地方公営企業の趣旨からいって許されないのである。
 二 本件事業及びそのための費用支出の違法性
  1 地方公営企業は地方公共団体が経営主体となり、住民の福祉の増進を図ることを目的として、公費を使って公益的、公共的事業を行うものである。
    地方公営企業が実施する事業は公益的、公共的事業でなくてはならず、事業を行う公共的必要性が乏しく、無駄 な事業、環境を破壊し、公共の福祉を損なう事業を行うことは許されない。
    また、公費を使って行う企業活動であり、赤字になれば地方公共団体がその負担を負うことになり、経済性のある事業でなければ行うことは許されず、事業計画自体が大幅赤字必至の事業を行うことは許されない。
    地方公営企業法第三条はこのことを明記しており、本件事業は同条に違反する違法なものである。すなわち、
    第一に 本件事業は経済性を発揮して事業運営すべき義務に違反している。
    前記で詳述したように、中部国際空港建設事業に付随して実施される、空港島周辺部事業、前島事業及び幡豆事業は、事業計画自体が採算性の全くない大幅赤字になることが確実なものであり、地方公営企業がこの事業を行うことは地方公営企業法第三条の経済性発揮運営義務に違反するものであり、この事業実施のための費用の支出は違法となる。
    第二に 本件事業は公共の福祉増進運営義務に違反している。
    本件事業はその必要性の極めて乏しいものであり、明らかに巨額の公費の無駄 であり、他面、著しく幡豆地区の自然破壊、環境悪化をもたらし、埋め立てされる海域周辺の環境に著しい悪影響を与えるもので公共の福祉を著しく損なうものであり、本件事業実施自体同法第三条に違反し、本件事業のための費用の支出は違法となる。
    違法な本件事業実施のために被告は今後巨額な費用支出を行おうとしており、それを許せば愛知県企業庁、愛知県に回復困難な損害を生ずる恐れがあることは明らかである。  2 環境基本法は第三条で「環境の保全は、環境を健全で恵み豊かなものとして維持することが人間の健康で文化的な生活に欠くことのできないものであること及び生態系が微妙な均衡を保つことによって成り立っており、人類の存続の基盤である限りある環境が、人間の活動による環境への負荷によって損なわれるおそれが生じてきていることをかんがみ、現在及び将来の世代の人間が健全で恵み豊かな環境の恵沢を享受するとともに人類の存続の基盤である環境が将来にわたって維持されるように適切におこなわなければならない。」と定め、第七条にてこの法律の基本理念にのっとり施策を講じる義務を地方自治体に課している。第二〇条では環境影響の推進をうたっている。また、空港島周辺部事業及び前島事業にあっては公有水面 埋立法に基づき埋立事業が実施されるものであるが、同法四条一項三号は埋立免許の基準として「其の埋立が環境保全及災害防止に付き十分配慮せらたるものであること」を求めている。
    しかるに、本件各事業は環境破壊的であり、これらの趣旨に違反する違法がある。以上から本件各事業は、地方公共団体の行為に一般 的に求められる公共性の要件を欠く点においても違法な事業である。本来被告は本件事業のために費用を支出してはならないのである。

第七 よって、原告らは、請求の趣旨記載の判決を求めて本訴を提起する。


証拠方法

 追って提出する。


添付書類

一 監査の結果正本副本各一通
二 委任状      一二七八通
           (別紙原告目録一記載の原告分一一八八通、同目録二記載の原告分九〇通 )

   二〇〇〇年一一月三〇日

          原告ら代理人
          弁護士     原山剛三
          同       渥美雅康
          同       渥美玲子
          同       稲垣仁史
          同       岩月浩二
          同       大矢和徳
          同       籠橋隆明
          同       兼松洋子
          同       佐久間 信司
          同       西尾弘美
          同       長谷川 一裕
          同       花田啓一
          同       平井宏和
          同       三浦和人
          同       森 弘典
          同       若松英成

名古屋地方裁判所 御中


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