水(川・海)

奄美大島、嘉徳浜「自然の権利」訴訟弁護団は、2021年6月「IUCN 評価書に関する嘉徳浜住民訴訟弁護団声明」を提出しました。

 奄美大島、嘉徳浜「自然の権利」訴訟の弁護団は、2021年6月、ユネスコの諮問機関IUCN世界自然遺産の評価書で嘉徳を明示して指摘をしたことを踏まえ、声明文を出しました。

 2019年9月、弁護団はIUCNに対して申入書を提出し、嘉徳の自然環境の希少性と、世界自然遺産の推薦地域から敢えて除外されていることの不当性を主張してきました。
 その結果、IUCNからの指摘を受けて、嘉徳が緩衝地帯(バッファーゾーン)として世界自然遺産の推薦地域に含まれることとなりました。世界自然遺産に値する場所として嘉徳認められ、推薦地域の範囲が変更され、嘉徳が緩衝地帯として含まれることになりました。
 今後、未来に受け継ぐべき自然遺産として評価された嘉徳をどのようにしていくのか、私たちの世代の選択が問われることになるのではないでしょうか。

 提出された弁護団からの声明文は以下の通りです。
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IUCN 評価書に関する嘉徳浜住民訴訟弁護団声明
 

2021 年 6 月 13 日

嘉徳浜住民訴訟弁護団
弁護士 籠 橋 隆 明
同  和 田 知 彦
同  杉 田 峻 介
同  渡 部 貴 志
同  吉 浦 勝 正
同  山 本 美 愛
同  西 岡 治 紀
同  上 野 孝 治
同  満 村 和 樹

 
 

 現在鹿児島県奄美大島瀬戸内町嘉徳浜において鹿児島県は護岸工事を進めようとしている。当弁護団は護岸工事が無益な工事であり,嘉徳浜の貴重な自然を破壊するものとして鹿児島地方裁判所においてその護岸工事のための公金支出を差し止める訴訟を進めている。
 IUCN 世界遺産評価書が世界遺産委員会に提出されたが,同評価書では日本国政府が嘉徳浜をバッファーゾーンとした旨が記されている。護岸建設はバッファーゾーンのあり方と相容れないものであるから直ちに護岸建設を中止して,自然の構造を生かした海岸管理を求めて,次の通り声明するものである。

 IUCN 世界遺産評価書 2020 年,2021 年(IUCN World Heritage Evaluations 2020 and 2021)がユネスコに提出された。本評価書は「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」に対して世界自然遺産の登録を推薦するもので,奄美大島の自然と文化の保全を求めてきた弁護団はこれを心から歓迎するものである。
 世界遺産条約は 1972 年ユネスコ総会で採択され,地球上の「顕著で普遍的な価値(OUV;Outstanding Universal Value)」ある財産を「人類共通の遺産」として登録することにより次世代に受け継ごうという試みである。世界遺産のうち「顕著な普遍的価値を有する、地形や地質、生態系、絶滅のおそれのある動植物の生息・生育地など」は自然遺産として登録される。
 締結国は自然遺産に対して,「自国の有するすべての能力を用いて」保護,保存に「最善をつくす」義務が課せられることになる(条約 4 条)。すなわち,自然遺産区域には「世界遺産の顕著な普遍的価値を構成するために必要な要素が全て含まれ、また長期的な保護のための法律などの体制が整えられていること(完全性:integrity)」が求められ,さらに,この区域の完全性を保証するためにバッファーゾーンを定め特別な保護政策が求められることになる。
 自然遺産登録推薦区域には嘉徳川上流部の森林地帯が含まれている。本評価書では日本国政府がバッファーゾーンを嘉徳川及び嘉徳海岸まで広げたことを報告している。一方で,嘉徳海岸建設予定の護岸について政府は河川に影響のない位置にあるとして建設を進め,建設後も環境モニタリングを進めるとも報告している。さらに,本評価書は護岸建設に反対している我々の訴訟にも言及した上で,この護岸建設予定地がバッファーゾーンに含まれるとあえて言及している。
 嘉徳浜は嘉徳川河口に広がるポケットビーチであり,嘉徳川から運ばれた砂によってできあがった。地理的な構造からすれば嘉徳浜は嘉徳川の一部であり切り離して考えることはできない。政府の言う護岸が河川に影響のない位置にあるというのは誤りである(なお,本評価書では地元(local communities)と護岸建設を合意しているとしているが,嘉徳住民の全てが護岸に賛成しているわけでもない)。護岸は海と陸との連続性を遮断し,また,本件護岸は海側に突出した位置にある結果,砂浜移動の自然なサイクルを阻害するため,嘉徳浜に不可逆的なダメージを与えることが予想されている。
 嘉徳浜は背後に奄美大島特有の森林地帯(登録推薦区域を含む)をひかえ,この森林は嘉徳川によって海と結ばれ,一つの奄美大島固有の生態系をなしている。急峻な山を控えた砂浜は奄美大島特有の美しい景観を持つ。絶滅危惧種であるリュウキュウアユが遡上を始める浜であり,我が国で唯一オサガメが産卵した浜であり,奄美大島の生物の多様性を支える浜でもある。護岸が砂浜に与えるダメージは生物の多様性,奄美大島固有の文化の保全にとって有害である。
 そもそも,バッファーゾーンとは「当該資産に直接接する周辺地域として」「資産とその保護を支える重要な機能をもつ地域」と定義されている。従って,バッファーゾーンとされている地域はその保護の帰趨が登録地域に影響ある地域として定められるのであるから,護岸が嘉徳川に影響がなく,ひいては登録地域に影響がない位置であるかのように表現するのは余りにも短絡的な結論である。
 開発の圧力による自然破壊は徐々に進行し,人々が気づく頃には手遅れになるほど破壊が進行することが常である。こうした経験的な教訓から自然遺産管理計画ではバッファーゾーンを設け,特別な開発規制を行い,自然遺産の完全性が害されないよう予防していくことが目指されている。今回,政府は嘉徳川及び嘉徳海岸がバッファーゾーンとした以上,嘉徳海岸建設予定の護岸に対しても,改めて自然保護と人々生活との調和のあり方を問い直し,バッファーゾーンにふさわしい,嘉徳海岸管理のあり方を見直すべきである。
 嘉徳海岸は 2014 年の台風 18 号・19 号で、砂丘の一部が削られて浜崖ができたことをきっかけに災害対策のために護岸が必要とされたものであるが,これは鹿児島県が提出した資料(鹿児島大学西教授意見書)によれば,2014 年台風以前の砂丘に対する評価は「大型台風が来ても砂丘上の墓地や住宅を守るのに十分な砂丘幅があり,台風に対する自然の防波堤の機能を有していた」が,「消失した砂丘が保持していた防災能力を代替する護岸構造物が必要」という考えに依拠するものであった。
 しかし,2014 年以降砂丘は急速に回復しており,これまでの鹿児島県の嘉徳浜に関する資料及び嘉徳浜調査会の調査資料などをもとにして検討された海岸研究室有限会社の検討結果によれば,砂丘地形の大部分はすでに回復している。また,海中で消波能力を発揮する沿岸砂州などを考慮すれば,西教授が指摘する「自然の防波堤の機能」を最大限発揮させつつ,自然海岸として保全を図る第三の選択肢は十分可能である。
 本評価書が指摘するとおり,嘉徳川は人工物のない唯一の河川(the last free-flowingriver within the Amami-Oshima Island)であり,真珠貝のようなポケットビーチである嘉徳浜はこの河川と一体となっており切り離すことはできない。日本国政府は世界遺産条約が求める「完全性」を維持するためには嘉徳川流域及び嘉徳浜をバッファーゾーンとした以上,嘉徳浜保全政策はバッファーゾーンにおける日本政府のあり方が試されていると言ってよい。
 自然遺産の価値は人類がそこから多くを学びとり,人類が自然と共に歩む文化を持続的に発展させるところにある。嘉徳浜は嘉徳川が生み出した奇跡の海岸であり,我々は嘉徳浜を保全し,この自然から多くを学び,文化を発展させ,さらに次世代に引き継ぐ責務がある。この責務はまさに世界遺産条約が我々に期待するところである。
 我々弁護団は自然遺産のバッファーゾーンとして嘉徳浜にはそれに見合った特別な政策が求められることを指摘し,現在建設されようとしている有害ですらある護岸工事を直ちに中止し,日本国内の英知を再度結集して,世界遺産登録にふさわしい第三の選択肢を見つけ出すよう改めて日本国政府,鹿児島県,瀬戸内町,嘉徳住民のみなさん,研究者,嘉徳浜を愛する全ての人々に呼びかけるものである。
 今後,我々弁護団は嘉徳浜がバッファーゾーンに組み込まれたことを念頭に,世界遺産委員会に対して,護岸によらない第三の選択肢の必要性を訴えていく所存である。

以  上

 

2021年6月13日 南日本新聞より