『環境と正義』 Victory  2004

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 2004.9.29更新


■このページの目次
No.67.2004.1/2月号 2004.01.20
圏央道あきる野土地収用事件 執行停止決定
     伊藤克之 (第2東京弁護士会)

No.68.2004.3月号 

滋賀県豊郷小学校問題新校舎建設代金支出差止判決
  吉原稔 (滋賀弁護士会)

福井県アラ処理施設建設差し止め訴訟について 
  吉川健司 (福井弁護士会)

No.69.2004.4月号 

風害訴訟で画期的判決
  蒲田豊彦 (大阪弁護士会)

No.70.2004.5月号

半鐘山開発問題で仮処分決定が出される―世界遺産銀閣寺バッファゾーンの保全を求めて―

  飯田 昭 (京都弁護士会)
里山開発反対住民訴訟

  針原 祥次 (大阪弁護士会)

瀬戸内町ゴミ処理場事件
    弁護士 中尾英俊(福岡県弁護士会)

No.71.2004.6月号

シックスハウス・スクール事件〜化学物質に囲まれた教育現場〜

  西念 京祐 (大阪弁護士会)

No.72.2004.7月号

事業認定及び収用裁決に画期的な違法判断下る 〜圏央道あきる野土地収用事件〜
  伊藤克之 (第二東京弁護士会)

公取審判事件記録の開示を認めた最高裁判決について

  谷合周三 (東京弁護士会)

公共事業阻止活動における手段と結果
   猪俣栄一(荒谷の清流を守る県民会議 代表)




2004.1/2月号 2004.01.20


圏央道あきる野土地収用事件 執行停止決定
伊藤克之 (第2東京弁護士会)

 本誌六四号(一〇月号)において報告した、首都圏中央連絡自動車道(圏央道)のあきる野の土地収用事件においては、現在、圏央道建設に反対する住民らが東京地方裁判所に東京都収用委員会の収用裁決の取消訴訟(以下「本案訴訟」という。事業認定取消訴訟と併合)を提起し、並行して東京都知事の代執行手続の続行の停止を求める執行停止申立を行っていたところ、二〇〇三年一〇月三日、東京地方裁判所民事第三部(藤山雅行裁判長)は、東京都知事に対し、代執行手続の続行を本案訴訟の第一審判決言渡の日から一五日後までの間停止するという、画期的な決定を下した(なお、本決定は判例タイムズ一一三一号九〇頁と判例時報一八三五号三四頁に掲載されたので、ご参照されたい。)。

一 事案の概要
‐収用の不当性
 本案訴訟において、原告(土地の所有者など)側は、@大気汚染や騒音など道路公害を激化させて周辺住民の健康を害するおそれがある、A自然環境や歴史的文化遺産(収用の対象とされている土地には、古墳や古民家などが存在する)を破壊するものである、B隣接する日の出ICから一.九三kmしか離れていない場所に別のIC(あきる野IC)を建設する必要はない、C事業計画の策定にあたっては、適切なアセスメントが行なわれておらず、調査検討の面についても極めて不当なものである、D収用裁決の審理手続において、原告側はこれらの問題点を具体的に指摘したにもかかわらず、起業者らはこれらの指摘について何ら回答せず、同委員会もこれらの指摘について何ら答えていない、など事業認定及び収用裁決の違法性を多岐にわたって指摘してきた。
 しかし、本案訴訟の提起のみでは、収用手続が進んでしまうため、本案訴訟と並行して前記のとおりの執行停止申立も行っていた。
 執行停止事件において、東京都知事らは、金銭補償によって決着できると主張し、また圏央道の供用開始が遅れれば年四〇億円の損失が生じるなどとも主張していた。
 しかし、そのような都知事らの主張は、道路公害など事業のマイナス面を全く考慮しない根拠もないものである。都知事らは、行政に都合のいい数字を作出する一方、地権者がその土地に先祖代々から住み続けている事実を無視するものであり、その上本案訴訟が尋問を九月の時点で終え、二〇〇四年二月に結審する予定であることを無視するもので、到底是認できるものではない。

二 決定の内容
 本決定の内容は、以下のとおりである。
1 第一に、執行停止の要件の「公共の福祉に及ぼす影響」の過大評価をせず、工事を強行する行政の不当性を的確に指摘した点が挙げられる。
 即ち、本決定は、前提として、公共の福祉に及ぼす「影響が重大かどうかは絶対的な基準によるものではなく、処分の執行により原告が受ける損害との関係において、処分が違法である可能性があるにも関わらず、原告の損害を看過してまでなお公共の福祉を守る必要があるのかという観点から相対的に判断すべきである」という考え方を示した。
 その上で、本決定は、次の理由から、「公共の福祉に与える影響」は軽微で、事業認定や裁決が違法である可能性があるにも関わらず、その可能性を十分見極めないままに、あえて建設を強行することを正当化するものとは到底いえないという的確な判断を下した。

 @圏央道の総延長約三〇〇キロメートルの全面開通は概ね一〇年が目標とされていること、土地収用が円滑に進まず、完成予定を延期せざるをえなくなっていること、あきる野ICから八王子ジャンクション(本件の収用対象地から南側の部分で、八王子ジャンクションは高尾山の北側に位置する。高尾山周辺には、高尾山天狗訴訟を提起した地権者の土地がある。)に至る区間でも用地取得が円滑に進んでいないこと、日の出ICが既に供用を開始し、通行車両は日の出ICを利用できる状態にあること、八王子北IC付近においてダイオキシンが発見され、処理方法を検討している最中であることなどの事情から、圏央道計画の一部である日の出―あきる野IC間一.九三kmの工事の進行によって全体に影響するとはいえない。
 A日の出―あきる野付近に絞っても、あきる野―八王子ジャンクションまでの工事は完成してはおらず、ダイオキシンは具体的処理が未だ行われていない以上、日の出―あきる野間の工事のみ進行させても、直ちにそれ以南の開通が見込まれるとはいえない。
 B日の出ICが既に利用可能である。渋滞が深刻な国道一六号も日の出ICの方が近く、あきる野ICが開通しても国道一六号への影響は小さいといえること、あきる野ICに直結する国道四一一号は、バイパスとなる道路が未完成であり、却って渋滞が進むことが想定されると考えられるから、日の出―あきる野間が完成しても渋滞緩和にはならず、本件区間のみ完成を急ぐ必要は明確でない。
 C当該土地の工事には事前に遺跡調査が必要であるが、当該遺跡調査に数ヶ月ないし一年かかることが想定され、収用を急いでも直ちに工事を進行させうるとは限らない。
 この点、裁判所は、代執行を行う前に申立人(地権者)の協力を得て遺跡調査を先行させれば、工事の遅延を招くことがほとんどない上、本案判決を踏まえて代執行の許否を決することができ、明渡裁決の適否が不明確なまま申立人らに犠牲を強いる事態を避けられる以上、そのような手順をとることが無用な混乱を避けうるという考えのもと、当事者双方に対して代執行手続を止めて遺跡調査を先行させるという提案をしたが、起業者らはこれを拒絶した。このような起業者らの態度について、裁判所は「強制力を用いないでほぼ同様の結果が得られる可能性があるにもかかわらず、あえて強制力を用いて事態を解決しようとするもの」と厳しい批判を行なっている。
 D日の出―あきる野間が完成しないことによる社会的経済的損失が年四〇億という国の試算については、「得べかりし利益」であって、「現実的の国家財政に発生する積極的な損害」とはいえない。
 また、算定の対象は、走行時間短縮や走行経費減少などの便益のみで、事業費や維持管理費などは考慮されておらず、「周辺環境に与える被害」(本決定は、「その発生は十分予想しうるものであるし、その発生が十分予想される場合には、たとえ他の効用が期待できるとしても事業の実施自体にも疑問が生じる」している)が考慮されていない。
 さらに、この算定は、いずれも事業計画どおりに進行するという将来の「理想的な仮定」の下に算出されたものであって、その信憑性についてはさらに検討を要するものであり、このような値をそのまま取り入れることはできない。
 E地元自治体などの早期完成を求める要望は、事業が適法で道路に国賠法上の瑕疵がないことが前提で、違法の可能性がある以上、前提が異なる要望の存在は考慮できない。
 F本案の審理状況(二〇〇四年二月二四日に弁論終結が予定されている)及び代執行の手続の状況から、執行停止による遅延は四か月ないし七か月程度に過ぎない。

2 第二に、「回復困難な損害」の要件について、地権者の居住の利益を軽視しなかったことが挙げられる。
 即ち、本決定は、「従来、住居の収用については財産権の喪失のみが取り上げられる傾向にあ」り、居住の利益は「単なる主観的利益にすぎないとして軽視される傾向にあった」が、居住の利益は憲法(二二条一項)上の権利で、人格権の基盤をなす重要な利益であり、特に「終の栖として居住している者の利益」は極めて重要で、金銭補償で代替されないという極めて画期的な判断を下した。
 その上で、地権者が代執行によって転居を余儀なくされ、新たな環境に対応するために精神的、肉体的な負担を強いられる不利益は小さいものでははなく、また地権者の中には高齢で入院加療中の者もおり、そのような者に新しい生活環境への順応を強いるのは著しく過酷であり、地権者の損害は「回復困難な損害」に該当すると認めた。

3 第三に、「本案において理由がないとみえるとき」の消極要件に関して、@被告の東京都収用委員会が裁決の適法性の主張立証せず、このままでは原告勝訴に終わることは明らかなこと、A主張があったとしても、申立人(原告)らの主張する事実が証拠によって認められた場合、道路には国家賠償法二条一項の瑕疵が存することになり、事業認定は土地収用法の要件を満たさずに違法となり、裁決も違法となる余地がないとはいえない上、現時点の証拠を見る限り、事業認定及び裁決の適法性についての疑問が払拭されたとは到底いえず、また今後疑念が必ず払拭できるとも認められないと判示し、本案での原告勝訴の可能性をも示唆している。

三 本決定の意義
 土地収用手続に関する行政訴訟で、執行停止が認められた例は、当弁護団が調べた限りでは三件しかなく、執行停止を認めたこと自体極めて画期的と評価できる。
 また、本決定は、本案訴訟に踏み込んで勝訴の可能性を示唆しており、その点でも大変勇気付けられる判断といえる。
 その上、今まで司法が必ずしもチェック機能を果たしていなかった行政の問題点、特に公共事業や道路公害の問題について適切にメスを入れた判断といえ、公共事業問題や道路公害問題に取り組む市民に大きな勇気を与えている。
 さらに、本決定は「周辺環境に与える被害」が予想される場合は当該道路には国家賠償法上の瑕疵が存在することになるが、その「発生が十分予想される場合には、たとえ他の効用が期待できるとしても事業の実施自体にも疑問が生じる」とし、公害は発生させる前に止めるべきであるという、極めて適切かつ示唆に富む発想に立っている点は注目に値するものといえ、他の公害問題に取り組む上でも参考になろう。

四 今後の対応
 しかし、一〇月七日、東京都知事らは、この画期的な決定を覆すべく、東京高裁に即時抗告を申し立てた。
 弁護団としても、本決定を即時抗告審でも死守するとともに、本案において勝訴判決を得るべく、今後とも奮闘していく所存であるので、ご注目願いたい。
 (なお、即時抗告審が係属している東京高裁一六民事部は、年内に決定を出す意向を示しており、皆様のお手元に本稿が届く際には即時抗告審の決定がだされている可能性がある。)

 

滋賀県豊郷小学校問題新校舎建設代金支出差止判決
  (吉原稔 滋賀弁護士会)


一 昨年一二月二二日、大津地方裁判所は豊郷小学校新校舎建設工事について、建築中の工事代金の支出差止を命じる判決を言い渡した。これは工事契約が旧設計と新設計の間に同一性がなく、契約の変更では対応できず、新設計について予算及び契約締結及びその議決がなく、地方自治法二三二条の三の支出負担行為のない公金支出であるから違法としたものであり、全国初の判例である。
二 豊郷小学校は、昭和一二年に米国から帰化した宣教師メレル・ヴォーリズが設計し、近江商人の丸紅専務古川鉄治郎が寄付した立派な文化的価値のある小学校で、これを町長大野和三郎が解体新築をしようとしたため、一昨年二月には講堂の、一二月には現校舎の各解体禁止の仮処分が出たが、現校舎については、一昨年一二月一九日に解体禁止の仮処分が出た翌日に町長が解体工事に着手したため大問題となり、町長リコール成立、再選挙、大野町長再選となった。

三 町長は現校舎の保存を決定しながら教室として使わず、プレハブ校舎をつくって生徒を移し、運動場の反対側に新校舎を建設し、現在ほぼ完了している(本年三月完成予定)。(新幹線の西側、米原駅より五分程したところに見える)
 そこで、現校舎を教育施設として利用すべきで新校舎の建設は無駄であり、地方自治法二条四項、地方財政法四条(経済的合理性の原則)に違反するとして工事禁止、建設代金支払差止を提訴した。

四 本訴の特徴は、建築工事契約そのものの違法性を主張立証したことである。というのは、法二四二条の二に基づく差止請求は、当該財務会計行為に先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても、右原因行為を前提としてされた当該行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限って認められる(最高裁平成四年一二月一五日第三小法廷判決民集四六巻九号二七五三頁、「一日校長退職金事件」)との判例や、最高裁昭和六二年五月一九日第三小法廷判決で「山林売買契約に随意契約でした違法があっても、売買契約自体は違法無効ではなく、町は契約の相手方に債務を履行すべき義務を負うから差止は不適法」とする判決があり、本訴とほぼ同じ構成の裁判所がアーカス橋事件(歩道上に歩道橋をつくるのは無駄とし、公金支出差止を求めた事件)で「工事請負契約締結に至る過程に違法があっても工事請負契約は違法とは限らない」としたことにある。

五 そこで、本件では現校舎を解体した跡に二階建の新校舎を建設すべく予算を議決し、契約を締結し、契約の議決を得ていた(旧設計)のを、それを次年度への繰越明許費として専決処分し予算を流用し、位置も構造も違う三階建の校舎を運動場の東側に建てることにしたが(新設計)、これは旧設計と新設計との間に、位置、構造、間取り等に違いがあるから契約の同一性はなく、「設計変更による契約の変更では対応できないから、新設計により現に行っている工事は、支出負担行為(旧設計による契約とは別途の予算議決による契約の締結及びその議決)がなく、地方自治法二三二条の三に違反すると主張したが、裁判所はこれを採用した。最高裁判例に抵触しない判断によって実質的に無駄な公共工事の差止をしたものである。「工事請負契約自体の違法」、「契約の同一性」、「設計変更による契約変更の限界」についての初判例である。京都の地下鉄工事のように「小さく生んで大きく育てる式のゼネコン工事の公共事業の差止」への影響は大きい。

六 この事件は私と京都弁護士会中島晃、滋賀弁護士会近藤公人が担当した。

 

福井県アラ処理施設建設差し止め訴訟について 
   吉川健司 (福井弁護士会)

一 はじめに
二〇〇三年四月二一日、福井市川尻町等の住民二一名が原告となって、福井県水産物リサイクル事業協同組合(以下「組合」という。)を相手として、魚アラ処理施設の建設差止を求め、福井県を相手として、組合に県有地を引き渡すこと、組合に魚アラ処理施設を建設するための県有地の使用を認めたことの取消、組合に対する補助金交付決定の取消、などを求めて、福井地裁に提訴した。

二 魚アラ処理施設の概要
(一)魚アラ処理施設は「製造工場」?
 住民らが建設の差止を求めている魚アラ処理施設は、組合の主張によると、福井県内から、魚アラ(魚をおろした後に残る頭、骨、エラなどのこと。)を集め、加工して、魚粉、魚油、液体肥料を製造する「製造工場」となっている。
 これは、建設予定地であるテクノポート福井(福井臨海工業地帯)の土地は「製造工場」を経営する者にしか売却できないとする「近畿圏の近郊整備区域及び都市開発区域の整備及び開発に関する法律」があるからである。
 ところが、本件施設については、まず、組合が、福井県に対し、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」八条一項が定める「一般廃棄物処理施設」としての設置許可申請を行い、福井県が設置許可を与えている。さらに、組合は、福井市に対し、建築基準法五一条但書の許可(汚物処理場、ごみ焼却場その他の処理施設の建築について、地方公共団体の都市計画審議会が与える許可)申請を行い、福井市は許可を与えている。
 仮に、本件施設が本当に「製造工場」であれば、このような許可申請を行って許可を受ける必要はないはずであろう。
 結局、組合及び福井県自身が、「製造工場」ではなく、「一般廃棄物処理施設」であることを自認しているに等しい。
 組合が「製造工場」であるという主張をし、福井県もその主張を追認して建設予定地の土地を売却しようとしているのは、単なる「一般廃棄物処理施設」では、福井県が組合に土地を売却できないからであろう。

(二)魚アラ処理施設は
       「リサイクル施設」?
 また、福井県から組合に交付決定がなされた「食品リサイクルモデル整備事業費補助金」も、その名前のとおり、「リサイクル施設」の建設に対して交付される補助金であるため、単なる「一般廃棄物処理施設」を建設するということでは、交付されない。そして、組合の経営実態は、後述するように、かなり苦しい状態であり、補助金なしでは、施設の運営どころか建設さえも難しい状況であったことが推測される。
 結局、補助金をもらって本件施設の建設、運営を行うため、わざわざ「リサイクル施設」などと主張しているものと考えられる。
 なお、この補助金交付決定によって組合に交付される補助金は、本件施設の建設費の半額に達する。

(三)悪臭防止対策の不備
 地元住民のほとんどが本件施設の建設に反対しているのであるが、その最大の理由は、本件施設から集落までの距離が、最短で四八〇メートルというかなり短いものであるにもかかわらず、後述するように、組合が主張する悪臭防止対策が極めて不十分なものであり、悪臭発生のおそれが十分にあるからである。

三 住民の反対運動から
    提訴までの経過
 本件施設は、現在のテクノポート福井に建設する計画を決める前に、二か所で建設を計画したにもかかわらず、地元住民の反対にあって、建設断念に追い込まれた施設であった。
 その後、二〇〇二年七月、川尻町に建設計画が持ち上がり、一〇月に地元説明会が開かれた。しかし、その説明会において、地元住民から悪臭防止対策などについていろいろ質問されたにもかかわらず、福井県の職員も、組合の理事も、まともに説明もせず、「協力をお願いする」と言って、一方的に説明会を打ち切った。
 このような対応に不信感をもった住民は、住民総会で、本件施設建設に反対することを決議し、福井県や組合に、住民から集めた署名を提出したりして、建設中止を要望する申入れを行った。
 これに対し、福井県は、住民に対し、「計画を白紙とし」再び話し合いを行う、と明記された企業局長名の文書を出した。
 ところが、福井県は、そのような文書を出しておきながら、約二週間後には、本件施設を建設する土地を組合に売却する契約を締結したのである。
 このような二枚舌とも言うべき福井県の態度により、住民の反対運動は急速に盛り上がり、ほとんどの住民が加入した反対同盟が結成された。
 その後、福井県の職員は、「計画を白紙とし」の意味は、白紙撤回の趣旨ではなく、出直し協議の機会設定を求めたものである、などという常識はずれの回答を、住民に対して行い、裁判の準備書面でも同じ主張をしている。
 このような福井県の態度、建設強行の構えを崩さない組合に対し、住民は、提訴もやむを得ないと考え、冒頭に述べたように、二〇〇三年四月二一日、福井地裁に、福井県と組合を相手に提訴したのである。

四 裁判での争点
 裁判での争点は多岐にわたるが、以下の4つが主な争点である。

(一) 悪臭防止対策
 福井県と組合は、悪臭防止対策として、組合と福井県との間の公害防止協定、高濃度臭気対策として燃焼脱臭装置、低濃度臭気対策として酸洗浄装置、活性炭脱臭装置、施設建屋内を陰圧に保つこと、排水処理工程からの臭気対策として微生物脱臭装置、魚アラ搬入時対策として魚アラを密閉コンテナに入れて搬入すること、などを主張している。
 しかし、上記公害防止協定によると、臭気の監視測定は組合自身が行うというのであるから、その実効性はとても期待できない。
 また、その他の臭気対策は、いずれもかなりのランニングコストがかかることが明らかであるにもかかわらず、そのコストを考慮しても採算が取れるかどうかという損益計算も明らかにされなかった(なされていなかった?)。これでは、本当に臭気対策が実施されるかどうか怪しい。しかも、後述のように組合の財政状況が悪化しているのであるから、これらの臭気対策がまともに実施される可能性はますます低いのである。

(二) 住民に対する説明責任、
   本件施設は「製造工場」か否か
 この点は、提訴までの経過、本件施設建設の概要において述べたとおりである。

(三) 本件魚アラ処理施設の採算性
 魚アラ処理施設は、日本全国に存在するが、いずれも経営が厳しく、魚アラ処理費用を取ることなく採算が取れているのは、埼玉県草加市にある三機飼料工業の工場ぐらいである。この工場は、首都圏の魚アラの七〇%、一日五〇〇tを処理し、公害対策費に一〇億円をかけている。
 一方、本件施設は、一日の処理量がわずか三五t、施設の建設費用が二〇億円程度であるから、公害対策に回すことのできる費用が限られること、採算が取れる見込みがないことは明らかであろう。採算をとろうとすれば、魚アラ処理費用を業者から取ること、すなわち、一般廃棄物処理施設として稼働するしかないのである。

五 提訴後の動き

(一)提訴後の六月二五日、福井市から組合に対し、前述の建築基準法五一条但し書きの許可が与えられ、法律上、組合は建設に着手できることになった。
 しかし、住民は、スクラムを組んで工事着工に反対すると共に、二〇〇三年七月九日、五一条但し書き許可の取消を求めて審査請求を行い、一〇月二〇日、審査請求が棄却されると、本年一月一九日、福井地裁に五一条許可の取消を求めて提訴した。
 住民のこのようなねばり強い反対運動により、組合は、二〇〇三年度の建設完成をあきらめることを表明せざるを得なくなった。
 そして、組合に交付される予定だった前記の補助金は、本件施設の年度内完成が条件だったため、組合への補助金交付決定も取り消されることになったのである。

(二)前述のように、福井県から組合に、本件施設を建設するための土地が売却されたのであるが、組合は、契約で定められた二〇〇三年一二月九日の期限までに、土地の代金を支払うことができず、福井県と組合は、代金支払期限を一年間延長する変更契約を締結した。
 これは、組合が当てにしていた補助金が入らなくなったため、土地代金の支払もできなくなったものと考えられる。すなわち、組合は、もともと自己資金の乏しい状況にあり、補助金だけが頼りだったと考えられるのである。
 このような組合が、悪臭防止のためにコストをかけるとは考えられず、この点からも、本件施設の悪臭防止対策は実現性が薄いといえる。
 なお、住民らは、本年一月一九日、代金支払期限の一年間延長は、地方自治法施行令一七一条の六に違反するとして、住民監査請求を行った。

六 最後に
 このように、住民は団結して反対運動を展開すると共に、裁判、審査請求、住民監査請求等、あらゆる法的手段を尽くして反対運動を展開している。
 組合も、補助金なしに、自力で建設することは困難と考えられ、建設中止に追い込む可能性は高まっている。
 本件魚アラ処理施設の建設が中止されるよう、全国の会員の応援、情報提供をお願いしたい。

 

 

風害訴訟で画期的判決
      蒲田豊彦(大阪弁護士会)

一 風害によって被害を蒙った二家族(合計六人)が、加害マンション(高さ約五七メートルの建物二棟、高さ約三五メートルの建物一棟、これらの建物と被害建物との距離は約二〇メートル)を建築した丸紅や竹中工務店らを訴えていた損害賠償請求事件で、大阪高等裁判所(武田多喜子、山下満、青沼潔の各裁判官)は、平成一五年一〇月二八日、丸紅らの加害企業に対し、慰藉料六〇〇万円(一人一〇〇万円)、風害による建物や土地の価格下落分の財産的損害として金一一〇万円(二戸分)など、合計約一四九〇万円(これとは別に第一審判決で認容された四二〇万円は、すでに支払ずみである)を支払うよう命じる判決を下した(判決は確定)。
 この判決は、第一審判決とともに、風害の発生(風環境の悪化)を理由に損害賠償を認めた事案としては、日本で最初のものであり、しかも上記の高裁の判決は、風害による財産的損害を認めたものとして画期的なものである。
 判決は、本件風害による被害の状況について、次のとおり事実認定している。
 @日最大瞬間風速(一五メートルを超えた場合、意思通りの歩行は困難になり、飛ばされそうになるため、外出ができない状態となり、また室内においても、家が揺れる等する)について、毎秒一五メートルを超える風速が出現するが、本件マンション建築前は年二回であったのに対し、建築後は年二六回と著しく増加している。
A風のため、危険を感じるレベルである毎秒二〇メートルを超える風速が出現する頻度は、本件マンション建築前は〇回であったが、建築後は六回に増えている。
B本件マンションの建築後は、強風のため、洗濯物干場のプラスチック製波板が一部破損した、強風により、屋根瓦が飛び、トタン屋根や雨樋等が破損し、雨漏りが発生した、強風のため、ベランダの雨戸がはずれた、強風により、地響きや爆風音が聞こえ、建物自体が揺れる、などの事実認定をしている。
 そして判決は「住宅周囲における風環境の悪化が継続する場合、建物のみならず、その敷地の価格が下落するのが自然というべきである」として、風環境の悪化がなかった場合の不動産の価格と、被害者らが売却したときの不動産の価格の差額の七割(風環境等の変化以外の価格下落要因が三割)を、風害による損害として認定したのである。
 今まで裁判所は本件と同種の日照権訴訟や眺望権訴訟では、慰藉料は認めるが、日照阻害や眺望を侵害したことによる家屋や土地の価格の下落による財産的損害については慰藉料のなかに財産的損害も考慮されているなどという理由で、認めて来なかった。
二 判決は慰藉料や財産的損害を認める理由として、次のように述べている。
 「個人がその居住する居宅の内外において良好な風環境等の利益を享受することは、安全かつ平穏な日常生活を送るために不可欠なものであり、法的に保護される人格的利益として十分に尊重されなければならない」、「住民らの上記の人格的利益が侵害された場合、それは違法な権利侵害として(加害者は)不法行為責任を負うと解すべきである」。そして、判決は「住民らは本件マンションによって生じた風害により、一般的社会生活上受忍すべき限度を越える程度にまで、良好な風環境を享受する人格的利益を侵害されたものと認められる」としている。
三 上記の判決のいう人格的利益ないしは人格権は、憲法一三条に由来するものである。
 憲法一三条は「すべての国民は個人として尊重される。生命、自由及び幸福の追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と定める。
 この規定は、包括的人権規定と言われ、個別的人権規定ではまかなえない人権を新しく導き出す機能を有するものと解され、平和的生存権とか、人格権とか、環境権などを導き出す根拠規定とされている。
 本判決は、憲法上の権利とは明言していないが、人格的利益と表現して、「風環境権」の保護の必要性を高らかに宣言したものである。
 思うに、都心部を中心とする都市開発は、そこに住む人たちの住環境を無視ないしは犠牲にして進められてはならない。
 いわゆる「街づくり」は人間のためのそれでなければならず、そこには自ずと調和が必要である。
住民の生活や住環境を無視して、建築基準法を守っているからとか、建築確認がおりたからという理由だけで、高層建物の建築が無条件に許されるものではない。
新しい都市開発(都市の高層化)については、周辺の住民の日照権を侵害していないか、眺望権の侵害や風害による被害の発生はないか、緑地帯が設けられているか、一定の公開空地があるかなど、住民の住環境などとの調和のなかで進められなければならない。
今回の判決は、住民の住環境を無視して「自分の所有地には自由に建物を建てるのは当然である」との加害者(デベロッパー)の横暴を、違法であると断罪したものであり、この面でも画期的な判決である。
この判決が、同種の悩みを抱える住民のみなさんに役立ち、都市開発の在り方の一つを示すものとなれば幸いである。

(筆者注:この報告は、日弁連の公害環境ニュースに投稿したものと多くの部分で重複していることをご了承下さい)

 


半鐘山開発問題で仮処分決定が出される
 ―世界遺産銀閣寺バッファゾーンの保全を求めて

 飯田 昭 (京都弁護士会)



一.これまでの経過
(一) 半鐘山は銀閣寺道から北東に入った白川と閑静な住宅地に囲まれたところにある一〇〇〇坪程の里山で、東山三六峰の一つ、西方山の通称です。以前は銀閣寺(慈照寺)の寺領で、東山の先端部分に位置し、歴史的風土保全区域、風致地区第二種地域に指定されていますが、市街化区域、第一種低層住居専用地域のため、法的には開発が可能でした。
(二) 開発計画は、山を全面的に削り、一三戸の住宅を開発し、白川に橋を架けて、既存道路につなげ、進入道路とするものです。山沿いの南、東側の住宅地は、場所によっては八メートルを超える崖上、崖下になり、安全上も大変な状況になります。また、白川に橋が架けられて進入道路となるため、北側、西側の北白川の住宅地は、四トン車で延べ五,〇〇〇台ものトラックで約一万立方メートルの土砂を搬出する計画で、車両通行による騒音、振動被害及び交通の危険の著しい増大が予想されます。
 もちろん、地域の住民にとって、市街地に残された貴重な緑(里山)が、これ以上開発され消滅していくのは、耐え難いことです。地元住民の「緑の保全」を求める請願は、五、四二四筆の署名とともに、一九九九年三月、京都市議会に提出され、全会派一致で採択されました。
 にもかかわらず、京都市長は、吉田山開発問題では対応した都市緑地保全法に基づく緑地保全地区の指定等の積極的な保全策をとることを怠り、二〇〇一年三月二九日、業者((株)幸田工務店ら)に都市計画法に基づく開発許可をおろしてしまいました。
(三) これに対し、二〇〇〇名を超える広範な地域住民は、「半鐘山と北白川を守る会」を結成して、開発許可の取消しを求めて京都市開発審査会に審査請求を行い(五月一八日)ました。私達は半鐘山弁護団(八名)を結成し、以後、国土問題研究会を始め、各分野の専門家の援助を受けながら取り組んできました。
 京都市開発審査会は、二〇〇二年一月二四日付で、審査請求人らのうち一二四名の審査請求人適格を認めましたが、不当にも審査請求は棄却しました。
 他方で、裁決は、本件開発計画の見直しと、京都にふさわしい環境・景観保全策の制度的確立を求める異例の付言を付しました。
(四) 二〇〇二年四月二二日、周辺住民二三六名は開発許可取消し訴訟を京都地裁に提訴しました。裁判ではこれまでは@交通上の支障の重大性(都市計画法三三条一項二号違反)、Aがけの安全性の欠如(同項七号)、B樹木、緑地の保全がなされていないこと(同項九号)C業者の信用性の欠如(同項一二号)などを主要な争点としてきました。
 工事自体は、架橋工事が完了し、開発行為の一部が進行した段階で、二〇〇二年六月一旦中断に追い込むことができました。
(五) また、架橋工事及び山の一部掘削工事よって周辺家屋に亀裂、水道管の破裂などの被害が発生したことなどに対し、業者に対して損害賠償請求訴訟を提訴し、開発許可取消訴訟と並行して審理されています。

二.ユネスコ 世界遺産センターへの要請と世界遺産保全運動の展開
(一) 半鐘山は世界遺産・銀閣寺(慈照寺)に近接するバッファゾーン(緩衝地帯)でもあります。二〇〇二年五月になって、「会」で手紙を出していたユネスコ世界遺産センターの所長(フランチェスコ・バンダリン氏)より、「日本政府に問い合わせをするなどして、調査をはじめている」との回答が届きました。また、六月にはフランスのル・モンド紙が、歴史都市京都の乱開発として、半鐘山問題を取り上げました。
 そこで、世界遺産の一つである銀閣寺のバッファゾーン(緩衝地帯)で起きている乱開発として、ユネスコの世界遺産センターと、その調査を担当するNGOであるイコモスへ、保全の勧告を日本政府及び京都市長に出してもらうことを要請し、あわせて資料を収集するため弁護団と住民の代表三名でパリに行き要請行動をしました。要請にあたっては、伊従勉京都大学教授には詳細な仏訳付資料を作成頂き、事前送付しました。
(二) 九月八日にユネスコ・世界遺産センターに要請し、谷口ジュンコプログラムスペシャリストらが対応されました。翌九月一〇日にはイコモス本部にも要請し、ディリゲロ女史が対応。それぞれ積極的な対応を言明してくれました。
(三) これらをふまえた内容は、世界遺産条約違反として、裁判でも次の通り主張しています。
半鐘山は、世界文化遺産である銀閣寺の緩衝地帯に登録されていることから、わが国は、世界遺産条約五条(世界遺産保護のために条約締結国は立法上、学術上、技術上、行政上及び財政上の適切な措置をとらなければならない)、及びオペレーショナルガイドライン一七条(バッファゾーンについて必要な保護が与えられなければならない)、同二四条(適切な法的保護の仕組みを講じなければならない)により、半鐘山を保護するために「歴史的風土特別保存地区」に指定しなければ、世界遺産条約に違反する。
(四) この要請を受けて、ユネスコ世界遺産センター所長バンダリン氏は、日本政府に、「半鐘山は歴史的山地である東山から降りてくる丘陵部の先端部である。世界遺産センターとしては、開発許可が出された事実に対し驚愕せざるをえない。」との書簡を出してくれました。ところが、一〇月二五日になって、やっと出された返書は、「合法的に許可がなされた」と述べているだけで、全く回答になっていません。文化庁や国土交通省にも直接要請をおこないましたが、世界遺産を管轄する文化庁は、「古都保存法は国土交通省の管轄」と逃げ、国土交通省は、返書と同じ回答で逃げています。
(五) 住民側は、一二月一五日には、元ユネスコ文化セクター遺産部(世界遺産センターの前身)チーフの野口英雄氏らを交え、「古都の世界遺産が危ない〜銀閣寺バッファゾーン・半鐘山の保全を考える」を京都会館会議場で開催し、二〇〇名近くの市民が参加しました。
 また、「会」はカラーパンフレットを発行し、ユネスコ世界遺産センター宛FAX要請運動にもとりくみました。その結果、世界遺産センターは二〇〇三年六月二日、再度追加説明を求める書簡を日本政府に送っています。
 更に、日本イコモス国内委員会(前野まさる委員長)は独自調査を進めており、二〇〇三年七月二〇日には、前野委員長を初め理事の視察が行われ、銀閣寺で懇談会が行われました。

三.工事再開の策動、仮処分申請、STOP
(一) ところが、業者は、工事施工者を姫路の業者に代えて、八月二〇日からの工事再開を一方的に通告してきました。
 そこで、崖上、崖下になり工事により危険にさらされる直近住民が申立人となり、国土研の協力を受けて、八月一八日に開発工事差し止めの仮処分を申請し、八月二〇日には現地検証が実施されました。
 八月二九日から工事の強行が計画されましたが、抗議行動の中で、工事事務所が河川占用許可を受けていなかったことが判明し、河川法違反で告発したことから、工事強行は回避され、工事施工者は「工事施工者をおりる。」と撤退しました。
(二) 工事施工業者の撤退により、仮処分申請の審理は、ある程度時間をかけて行われることになりました。
 ところが、業者は一一月中旬には工事施工業者を当初の業者に再び変更する届け出を京都市長に行い、住民には知らせないまま、工事再開の準備を進めていたのです。
(三) 一二月九日、残された半鐘山の樹木が突然伐採されはじめました。
 事態に気づいた住民が抗議しましたが、今度は止められません。弁護団は直ちに裁判所に速やかな仮処分決定を求める申入れを行い、一二月一一日(木)に裁判所は、「来週中に決定を出す」との連絡を双方代理人に通知しました。住民側は、京都市長に再度、「来週中に仮処分の結果が出るのであるから、樹木の伐採は、せめてその結果をまってからにすべき」と申し入れましたが、京都市長は業者の伐採強行を放置しました。

四.仮処分決定で再STOP
 一二月一八日朝、京都地方裁判所第5民事部(永井ユタカ裁判長)は、崖上、崖下になる三軒につき、開発工事の続行により家屋が重大な変形、損傷を受けるおそれがあることを認め、建物所有権を被保全権利として「債務者らは、自ら及び第三者をして、半鐘山の形質の変更(樹木の伐採・枝打ちを含む)を行ってはならない」との、仮処分決定をくだしました(保証金各二〇〇万円)。
 決定は、これまでの一部開発工事により、既に崖上、崖下に位置する住民の家屋に損傷が発生しており、半鐘山の地盤のずれは否定できないとし、今後の工事は一連、一体のものであるから、樹木の伐採を含め、全体として工事を差し止める必要があるとするものです。住民の立場からすると、当然の内容ですが、開発許可を受けた開発工事を樹木の伐採を含め全面的に差し止めを認めたという点で、裁判所の仮処分決定例としては、画期的なものです。
 同日午前中には、現地で仮処分決定書を工事業者に交付し、樹木は伐採されてしまったものの、山は削られる前に工事は再STOPさせることができたのです。

五.全面解決への展望
 本案の裁判(開発許可取消訴訟)は本年春以降に半鐘山の地盤、地質の詳細な調査をおこなった国土問題研究会の証人尋問が予定されています。
 本年一月二三日には、差止め本案訴訟を提訴。既に係属している業者に対する損害賠償訴訟と併合して審理される予定です。
 古都保存法による歴史的風土特別保存地区指定や、緑地保全地区の指定を実現させることにより全面解決させ、あわせて、一条山、吉田山問題などとともにこのままでは今後も繰り返されるであろう京都の緑地保全について、根本的な保全策を速やかに実現することが求められています。
 
六.一月末に「京都・半鐘山の鐘よ鳴れ」(宮本エイ子著)が出版されています(法蔵館)。詳細な運動の記録とともに、読み易いエッセイでもありますので、興味のある方はご一読ください。
                


里山開発反対住民訴訟

針原 祥次 (大阪弁護士会)

一 本年一月二〇日、大阪地裁第七民事部は、本件住民訴訟について、原告住民勝訴の判決を言い渡した(判決に至るまでの経緯は本誌の昨年一二月号に掲載)。二〇〇二年(平成一四年)五月一七日の住民監査請求申立から約一年半、二〇〇三年(平成一五年)一月二三日の住民訴訟提起から約一年を経た勝訴判決であった。
 弁護士の目から見ると、証人尋問も省略して五回の弁論期日のみで原告住民勝訴の判決が言い渡されたのであり、裁判所の審理が特に遅いとは思わなかった。しかし、原告住民の目から見ると、被告(箕面市長)は一方で開発工事を進行させながら、裁判所から証拠の提出を求められても「一切資料は残っていない」と主張して裁判を引き延ばしたとの印象を強く持ったようである。
二 被告は、一月二九日に専決処分により、市議会各会派への事前の説明もなく控訴を決定したが、その理由として「一〇〇%勝訴すると考えていたので控訴の準備をしていなかった。」との説明があったようである。たしかに、証人尋問もなく比較的早い判決言渡しであるから、行政事件の常道から見れば行政有利との判断をしたのかもしれない。しかし、住民監査請求で「著しく不当である」との是正勧告を受けていたのであるから、行政敗訴の予測をして当然というべきであろう。
 今回の勝訴判決は、「一部の過激な住民」と市議会で揶揄されながら、時代錯誤的な開発行政に対峙しなければならなかった原告住民の運動(実際には部分的に自然を残した宅地開発を求めているにすぎない)に対して、大きな勇気を与えたものであった。そればかりではなく、原告弁護団に対しても、行政事件であっても勝つべき事件は勝つという当たり前のことを認識させてくれたのであった。
 市長の専決処分は三月五日の市議会で承認された。そして、「一〇〇%勝訴する」と言ったため信用を無くしたのかどうか分からないが、市の顧問弁護士事務所の他に、大阪の新御三家といわれる大法律事務所のうち二つの法律事務所が控訴審から新たに加わった。住民弁護団も、赤津加奈美弁護士の参加を得て万全の体制で控訴審に臨み、早期の控訴棄却判決を目指している。
三 本件の里山開発事業は、箕面市小野原西地区の約三四・一ヘクタールにおいて、箕面市施行で行われる小野原西土地区画整理事業であり、「緑を活かした表情豊なまちづくり」をキャッチフレーズに計画されたものである。しかし、実際は里山の緑を剥ぎ取って宅地造成するだけの旧来型の開発事業にすぎなかった。なお、本件事業は開発面積が五〇ヘクタール未満のため、環境アセスメントの対象にはならない。
 箕面市小野原地区の住民たちは、本件土地区画整理事業について、市道小野原豊中線の供用開始・貫通によって通過車両数が倍増するため、騒音・粉塵・排ガスによる健康被害が発生し、また、貴重な里山が失われ、そこに生息する希少種が失われてしまうことによって生活環境が悪化すると考え、「小野原西開発を考える会」を結成する等して、事業計画の見直しを求めていた。
 しかし、このような開発事業に対しては、いくら環境権・人格権を根拠としても「がけ崩れ」など直接生命身体に危険の及ぶようなことのない限り、原告適格すら認められないのが裁判実務の現状である。そこで、住民側としては、いきなり工事差止めの仮処分を申立てることは差し控え、市当局との話合いを求める活動を行いながら(市からは工事妨害と指摘されたが)、公害調停を利用するなどした。公害調停(大阪地裁平成一四年(公)第一号)においては、調停委員会から市当局の立場をも配慮して調停案が提出されたが、市当局は全面的にこれを退けて調停に応じなかった。
四 また、一方で、箕面市が開催した本件事業の工事説明会において、原告住民らが里山を残すための事業見直しを求めたところ、地権者でもある地元市会議員は「近隣住民には権利はない。嫌なら出て行け。」との趣旨の発言をしたのであった。これに対して、原告住民らは、本件事業地内にある財産区財産(土地七一〇〇平米)については、単なる近隣住民ではなく財産区住民として意見を述べる資格があると主張したのであった。すると、市当局は当該土地の財産区名義の保存登記を抹消して、地権者代表二名の保存登記に変えてしまったのである。これが本件住民訴訟の発端である。
 これらの行為は、本件土地区画整理事業において財産区住民である原告住民らの意見を排除しようと意図してなされたものであり、極めて悪質なものである(正確には財産区管理者たる箕面市長の行為であるが、箕面市自身も総務部財政課課長補佐に登記申請行為を補助させるなどして前記登記申請行為に積極的に関与している)。
 そして、財産区制度という日本近代自治制度の鬼子とでもいうべきものを、都市計画に対する住民参加の手段として利用したのが、本件住民訴訟のユニークなところである。
五 本件事業地は、市街化が進行する箕面市において貴重な里山の自然を残している地域であり、「大阪府における保護上重要な野生生物・大阪府レッドデータブック」に準絶滅危惧種として掲載されているヒメボタルの棲息地である。なお、政府も、生物多様性条約六条に基づき、二〇〇二年(平成一四年)三月二七日閣議決定した新・生物多様性国家戦略の中で、里山の保全を三大課題の一つとして掲げていることは言うまでもない。
 里山開発事業の進行により、これら希少なヒメボタルの棲息地が破壊されることは必至であり、かつその回復は不可能となるし、その損失は事後的な金銭賠償としては評価の困難なものであり、事前の差止めが何より要請されるのである。
 本件勝訴判決後、弁護団は直ちに、工事禁止を求める仮処分申立を行うとともに、仮換地指定の取消と執行停止を求める行政訴訟を提起した。勝訴判決を利用して、何とか所期の目的である開発工事差止めの門まで辿り着けたのである。ところが、この民事差止仮処分や行訴法上の執行停止申立についても、何とハードルの多いことか、書面をまとめながら何度もため息をついたというのが正直なところである。
六 箕面市当局は「都市間競争に勝つ」ために、良好な宅地開発やマンション建設をしなければならないのだとしきりに主張している。そして、本件土地区画整理事業では都市計画道路の整備も計画されているため、国から多額の補助金を獲得できるという。
 しかし、本件事業地と境界を接する吹田市域の「千里北公園」は毎年約四万人の訪れる自然公園となっているのに対し、箕面市側は市境を挟んでコンクリート擁壁が設置されてぎりぎりまで宅地化されているのである。この差を見るにつけ、箕面市当局のいう「都市間競争に勝つ」とのスローガンが虚しく響くばかりある。
 EUでは、個別のプロジェクトではなく、リージョンという広域地域単位での総合的なプログラムに対する「包括補助金」の制度があるという。日本でも、行政単位に拘束されず、また道路整備などの特定の目的に限らない補助金制度を導入しない限り、このような歪な開発事業を事前に防止する根本的な解決方法はないのかもしれない。

 

瀬戸内町ゴミ処理場事件

 中尾英俊(福岡県弁護士会)

 九州鹿児島の南西約三五〇キロメートルの位置に奄美大島があり、その一番南にあるのが瀬戸内町である。島の首都ともいえる名瀬市からバスで約一時間半でゆけるが、かつてはその倍の三時間以上かかっていた。道路事情も悪く、いくつかの峠を上り下りしなければならなかったからである。いま道路は完全舗装され、いくつかの峠にはトンネルが穿たれているが、名瀬からいけば残された最後の峠ともいえる網野子の嶺にさしかかると、眼下に美しい瀬戸内の海の風光がひらける。ここは海抜約四〇〇メートル。あたりに連なる奄美の山と海とが望める風貌絶佳の地である。ところが、こともあろうにこの土地がごみ焼却施設の設置予定地とされ、その是非をめぐって紛争がくりひろげられた
 かねてから一般廃棄物処理施設の設置を計画し町内に適地を探していた瀬戸内町は、この土地に眼をつけ、土地取得の交渉に入った。この土地は面積二ヘクタール弱の一筆の山林で、網野子在住保武男氏ら九名(うち現存者二名)の名で所有権登記されているが、実質は網野子集落の所有地、正確には網野子住民の共有の性質を有する入会地である。同町はとりあえず土地を借り受けることとし、平成一〇年一〇月二〇日に網野子集落で同施設設置の説明会を開いた。これをうけて網野子集落では総会を開催し、施設の建設についての審議を行い、出席者四七名(世帯)中五名(世帯)の反対があったが、集落の代表者区長Aは多数決で同意を得たものとして、翌日、建設同意書に署名をした。
 この計画が実施されると、周辺の風景をそこなうだけでなく、ダイオキシンの被害を周辺一帯が蒙ることが明らかなので、早速、町内有志で組織される瀬戸内町環境を守る会(内山忍会長、義富弘事務局長)はその建設反対を呼びかけ、網野子集落での建設反対者を支援した。平成一二年二月一四日の網野子集落の総会で施設計画の説明が行われ、その是非が諮られたが、すでに反対の態度をとっていた保武男氏(前記登記名義人)ほか出席者中四、五名は重ねて反対の意志を表明して退場した。翌三月一日、瀬戸内町と網野子区長Aとの間で、この土地を前記施設設置目的で存続期間二五年とする内容の賃貸借契約が締結され、さらに翌四月一六日に再び集落の総会が開かれ、前年度収支報告のほか三月一日に締結された賃貸借契約の内容、とくに賃料や立木補償などについて説明があり、その当否を問うこともなく、また質問も反対意見も出されなかった。しかしあくまでもこの計画に反対する保氏らは環境を守る会の協力を得て、翌五月二四日付および六月二一日付で、この施設の建設が周辺の環境悪化を招くこと、入会権者全員の同意を得ていないことを理由にその白紙撤回を瀬戸内町に申し入れた。しかし同町は計画を変更することなく建設準備のため、本件土地(森林)の立木を伐採し整地工事を始めたので、網野子集落住民入会権者である保氏ら九名は、環境団体の協力を得て、平成一三年一月に瀬戸内町を相手として建設工事禁止仮処分命令を鹿児島地方裁判所名瀬支部に申し立てた。
 以上が本件訴訟に至るまでの概要であるが、地裁同支部は本件土地が網野子集落住民の共有の性質を有する入会地であり、その貸付に権利者全員の同意が必要であるにもかかわらず、その同意が得られていないため無効であるという理由で、平成一三年五月一八日、工事禁止の申立を認容する決定を下した(平塚浩司裁判官)。まことに理路整然とした分かりやすい決定であるから、相手方たる瀬戸内町も計画は中止か変更せざるをえないであろう、と思われていたが、三ヶ月すぎてのち町は異義の申立をした。それから一年近く経った平成一四年六月二〇日鹿児島地裁は、申立人(保氏ら)は平成一二年二月一四日の集落総会では反対したが、次の四月一六日の総会では反対の意思を表明していないので消極的に賛成したものというべきであるから、結局全員の賛成があったと見なされる、という理由で、原決定を取り消し、仮処分命令申立を却下した(吉田肇裁判長)。申立人たる反対者は、何よりもまずあきれた。「世の中にはこのような常識はずれの裁判官がいるのだろうか」と。四月一六日の総会では契約の内容について報告があっただけで、賛否は問われていないので改めて反対意見を述べるまでもなかった。反対意見がなかったから賛成した、という裁判官の認識を疑わざるをえなかった。こんな不当な決定はない、と申立人たちは抗告の申立をした。それに伴い、同年八月、建設工事差止めを求める本訴を地裁名瀬支部に提出した。また本件土地上に工事反対を訴える看板をたてるなどの反対運動をはじめた。
 福岡高裁宮崎支部は平成一四年一二月一〇日、原決定を取消す旨の決定を下した。つまり工事禁止仮処分命令申立が認められたのである。なお瀬戸内町は特別抗告したが、最高裁は理由なしとして平成一五年一二月二五日に抗告を棄却した。そこでいよいよ本訴で本件賃貸借契約が有効か否かが争われることになった。主な争点は次の三点である。
@ 本件土地が網野子住民の共有の性質を有する入会地であるか否か。
A 入会地であるとすれば、その土地を貸し付ける場合に全員の同意を必要とするか、多数決でよいか。
B 全員の同意が必要であるならば、本件貸付契約の締結に全員が同意したか否か。
 鹿児島地裁名瀬支部は、一回の両当事者尋問のあと平成一六年二月二〇日、瀬戸内町は本件土地に廃棄物処理施設を建設してはならないとの判決を下した(河村浩裁判長)。争点についての判示は次のとおりである。
@ 本件土地が網野子集落の所有地であることに争はないが、瀬戸内町は法人でない社団である網野子集落の所有であり、したがってその財産の貸付処分は多数決でよい、と主張している。本件土地は藩政時代から網野子村びとが共同で自家用、製糖用の薪材等を採取してきた入会地であり、それが明治以降住民共有の性質を有する入会権として認められたのであって、その村びと集団である網野子集落が近代的社団となったという事実はない。本件土地は現在主として住民の留山利用地であり、住民の土地に対する権利は共有の性質を有する入会権である。
A 瀬戸内町には、この入会地について集落はすべて多数決によるという慣習があり、以前立木の売却や土地の一部を林道などに売却したことがあるが、いずれも総会の多数決によって処理してきたので本件土地の貸付も多数決でよい、と主張している(集落の規約に、総会についての規定があり、総会は構成員の過半数の出席で成立し、議事はその過半数を以て決する、とされその審議事項が掲げられているが、その中に財産の処分はなく、町の主張によればその他必要な事項に含まれるという)。たしかにこれまで土地の一部売却や立木処分を総会出席の全員または大多数で決めたことはあったが、それは総会の決議だからそれでよいというものでなく、その決定に対して反対者がなく結果において全員が承認したからその処分行為が有効となった。したがって、多数決で財産を処分してきたという慣習はない。つぎに多数決で処理できるという規約があり、これが集落の慣習であるとする点については、過半数の出席でその過半数とは四分の一をこえる数で足り、結果として全体の半数以下の決定で処分できるというきわめて不都合な結果を生ずることになる。したがって、多数決で財産の処分ができるということはできない。
B 入会財産の処分に構成員全員の同意が必要であるとしても、本件の場合、原告らの同意があったか否か。これについて原告らは平成一二年五月および六月に弁護士を通じて町に対し本件建設計画の撤回を求める文書を提出しており、かつ本件土地上に建設反対の看板を立ててその意思を明示しているので一貫して反対してきたことは明らかである。
 
 入会地の売却、貸付などの処分や変更について入会権者全員の同意を必要とすることは、これまでほとんどすべての判決の示すところであり、その意味で判例といってよいのであるが、とくにいわゆる多数決処分が不当であることを説示した本判決は名判決といってよい。
 こうして保全処分、本訴をつうじて環境を守ろうという人々の意思が認められ、とりあえず美しい風景も守られダイオキシンの害からも逃れることができることになった。
 ところが、瀬戸内町は控訴したということである。控訴理由はまだ分からないが、新聞記事に多くの町民が廃棄物処理施設の建設を希望しこの事業を支援している、との町長の談話が掲載されている。建設を希望している町民が多数いることは事実であるかも知れないが、そうであるならば自分たちで適地を求め適地を提供すべきであろう。いかに自分たちが必要であるからとて他人所有の土地の権利を侵害することは何びとにもできないはずである。

 

シックスハウス・スクール事件〜化学物質に囲まれた教育現場〜

西念 京祐 (大阪弁護士会)

一 シックスクールという概念
 二〇〇三年四月、全国で初めて「シックスクール」による損害賠償請求訴訟が大阪で提起された。原告は大阪市在住の兄弟、被告は弟が通学した市立小中学校の設置主体である大阪市と兄が通学した学校法人K学園である。
(一)シックハウス症候群と化学物質過敏症
 シックスクールという概念自体、比較的新しいものと言える。この概念を理解するためには、前提としてシックハウス症候群や化学物質過敏症の理解が必要である。
 住宅の高気密化や化学物質を放散する建材・内装材の使用等により新築・改築後の住宅において、化学物質によって室内環境が汚染され、居住者に様々な体調不良が生じている状態をシックハウス症候群という。目、鼻、喉の粘膜刺激症状、粘膜の乾燥、皮膚の湿疹やじんましん、疲労、頭痛、目眩、吐き気、嘔吐などの様々な症状を訴えることが多く、症状は多様で一つの特徴的な症状があるというわけではない。このシックハウス症候群に見られる症状が進行すると化学物質過敏症(Chemical sensitivity:CS)を発症すると言われる。CSは「過去にかなり大量の化学物質に一度接触し急性中毒症状が発現した後か、または有害化学物質に長期にわたり接触した場合、次の機会にかなり少量の同種または同系統の化学物質に再接触した場合にみられる不快なる臨床症状」と定義される。一旦過敏性を獲得してしまうと、その後は想像を絶するほど微量で多様な化学物質に過敏な反応を示すようになってしまう(Multiple chemical sensitivity:MCS)のである。
(二)学校が発症原因となるケース − ―発症原因型シックスクール―
 シックスクールには二つの異なる意味がある。一つは、シックハウス症候群の学校版としてのシックスクール(発症原因型)である。学校の新築校舎や改修工事等において、化学物質に暴露された児童・生徒が目の痛みや頭痛、吐き気を訴えるというケースが数多く報告されている。この意味でのシックスクールには、被害者が感受性豊かな児童・生徒であり、日中ほとんど教室内にいるため化学物質暴露の時間が長く、校区の問題があって避難が困難である上、学校管理者の知識が乏しく対応が遅れてしまう等の点でシックハウスと比べても深刻な問題があると指摘されている。
(三)CSの生徒が学校に通えないケース  ―アクセス拒絶型シックスクール―
 学校の環境が発症原因となるほどには汚染されていない場合であっても、他の原因でCSを発症してしまった児童・生徒にとってアクセス可能な場所たる条件を備えていないことが問題となる場合がある。廊下のワックス等、学校に充満する化学物質が原因で生徒が学校に通いたくても通えない。本件訴訟の原告らは、自宅のシックハウスが原因でCS等を発症していたが学校環境により症状が悪化し、また教師らの無理解による対応が原因で学校に通えなくなってしまった。ある日、母親は子供達が「自分らはアホや、人間のクズや。学校行けてない、教育も受けてない、外にも出られない、友達とも遊べない。自分は何のために生きてるんだろう。ただ息をしてるだけかなぁ。」と話しているのを耳にしている。生活環境にあふれる化学物質による日常的な環境汚染が、彼等の、人としてあたりまえの生活の機会、社会へのアクセスの機会を奪っていたのである。   

二 K学園のシックスクール問題
 本件の原告I君は、一九九六年四月、ラグビーで有名な大阪府下の私立K学園に入学した。彼は、一九九四年に新築した自宅のシックハウスが原因で入学前には既に両親らとともにCSを発症していた。その症状は皮膚のアトピーや倦怠感を中心とするもので、授業中も集中力が低下してしまうことが多かった。彼と両親は学校に対し医師の意見書や診断書を提出し、CSの症状への理解ある対応を求めたが、教師からは「けったいな病気やな」と罵られ、「やる気のない奴は教室から出て行け」と言って胸倉を掴んで教室外に引きずり出されるなどの暴行まで受けた。これらが原因でPTSDにもなり、高校二年の途中からは全く学校に登校できなくなってしまった。K学園はさらに「化学物質過敏症が治ったという診断書がないと復学を認めない。除籍処分にする。」と記された文書を送付し、CSであることを理由に事実上の退学処分を通知した。学ぶ機会を心から欲していた彼は、同時に、シックスクールにより登校できていない他の多くの児童・生徒らのためにと決意し、K学園を相手に訴訟を提起した。

三 本件訴訟の争点
 本件訴訟の争点は、CSの生徒に対する学校の対応の不適切さであった。被告K学園の注意義務を基礎付ける主な事実は、原告らが学校へ医師の意見書等を沿えて申し入れをしていたことであり、注意義務に反する具体的な行為が、教師による罵倒や暴行、生徒間のいじめ放置等の一連の行為であった。ところで、私達が着目し背景事情として大きな意味をもったのが文部科学省が二〇〇一年一月に教育委員会・学校関係者に対して出していた「化学物質過敏症の生徒に対しては、その原因となる物質や量、当該生徒の症状などが多種多様であることから、個々の生徒の実情を正確に把握し、支障なく学校生活を送ることができるよう個別の配慮を行うこと」という内容の通知(一二国ス学健第一号)であった。CSの症状は患者によって異なり、それ故、症状に応じた個別の配慮をなすのでなければ個々のCS患者の教育を受ける権利を実現することにはならないことを理解した通知と言える。ところが、折角の通知も教育現場には一向に反映されておらず、ほとんどの学校において現実には「個別の配慮」が行われていない実態がある。

四 和解の内容とその評価
 二〇〇四年三月二日、私立K学園との間で「アクセス拒絶型シックスクール」をめぐる和解が成立した。和解内容は以下の通りである。
(一)在学契約の合意解約に関する条項
(二)被告K学園は、当初、化学物質過敏症の症状に対する理解が不足した対応により、原告に対して不信感を持たせたことにつき、文部科学省が定める学校環境衛生の基準を充たしているとはいえ、残念な事態に至ったことについて、遺憾の意を表する。
(三)被告K学園は、本件訴訟の提起を受け、平成一五年四月中旬に設置したシックスクール対策委員会により、平成一三年一月二九日付け文部科学省通知等をふまえた諸検討及び専門家による研修会の実施を、今後とも引き続き行うこととし、それらを十分に活用して、教職員による生徒の教育及び指導の研鑽に努めるものとする。
(四)被告K学園は、原告に対し、本件和解金として、二〇〇万円の支払い義務のあることを認める。
 和解内容中、注目すべきは、学校側がCSに対する理解不足の対応があったことを正面から認め遺憾の意を表した上、見舞金としての性格を越える額の解決金を支払ったこと、および訴訟を契機に学校内に「シックスクール対策委員会」が設置され、和解後も引続き文部科学省通知をふまえた対策に取り組む姿勢が示されたことである。我が国初のシックスクール訴訟において、今後につながる重要な成果を勝ち取ったものと評価している。

五 おわりに
 I君は、本年四月から、弟らと共に大阪府立北野高校の定時制に通学している。同校では、CSの生徒のため通気性のよい「中庭教室」を設置し、気分が悪くなったときは休憩するなど、体調に配慮した柔軟な授業が行われている。兄弟は、学校に行って学べることの喜びを感じて頑張っている。長いブランクの後、再び歩き始めた彼らを、心から応援すると共に、化学物質によって社会へのアクセスが閉ざされることのないよう、今後も取り組んでいきたい。本件訴訟は、現在、残る被告大阪市との間で継続中である。弁護団員は安永一郎、中島宏治、森平尚美、古本剛之、私(いずれも大阪弁護士会)の五名である。

 

 

 

事業認定及び収用裁決に画期的な違法判断下る 〜圏央道あきる野土地収用事件〜
伊藤克之 (第二東京弁護士会)

 本誌六四号(二〇〇三年一〇月号)で報告した、圏央道あきる野土地収用事件については、土地収用に反対する住民らが、旧建設大臣(国土交通大臣)の事業認定及び東京都収用委員会の収用裁決の取消を求める訴訟を提起して争ってきたが、二〇〇四年四月二二日、東京地裁民事第三部(藤山雅行裁判長)は、原告らの主張をほぼ全面的に認め、事業認定及び収用裁決を取り消す、画期的な判決を言渡した。

一 事案の概要
 圏央道(首都圏中央連絡自動車道)は、都心から半径約四〇ないし六〇kmの範囲に計画されている環状の一般国道で有料の高速道路である。全長は約三〇〇kmであるが、判決言渡し時点で開通しているのは、埼玉県の鶴ヶ島ジャンクション(JTC)と東京都の日の出インターチェンジ(IC)の約三〇kmに過ぎない。本件で収用手続の対象とされたのは、日の出ICの南側のあきる野市牛沼地域であり、当該地域に圏央道本線及びあきる野ICを建設するとして、国は土地収用手続を進めてきた。
 一九八四年に圏央道計画が公表されて以来、地域住民は圏央道の必要性や環境への影響などへの疑問について、国に再三説明を求めてきたが、国は一貫して住民への説明を拒否した。一方で、買収が可能な土地を任意買収しながら圏央道の建設工事を着々と進めた。そして、二〇〇〇年一月一九日、中山正暉建設大臣(当時)は、前記事業認定を行った。
 住民らは、東京地裁に事業認定取消訴訟を提起するとともに、東京都収用委員会において圏央道計画の様々な問題点を主張してきたが、同委員会は、二〇〇二年九月三〇日、何ら根拠を示さず「事業認定に重大かつ明白な瑕疵はない」と結論付けた収用裁決を出してしまった。そのため、住民らは、東京地裁に収用裁決の取消訴訟を提起した。
 そして、事業認定取消訴訟と収用裁決取消訴訟で、原告らは、都市開発問題、騒音問題、大気汚染問題それぞれの専門家と、圏央道計画の審議に加わった市議会議員の尋問や多数の証拠資料の提出などを行い、事業認定及び収用裁決の瑕疵を主張立証した。
  
二 本判決の判断
 本判決の内容は以下のとおりである。
(一)圏央道を公害を発生させる、瑕疵ある事業と認めた
 まず、本判決は、行政機関たる事業認定庁が瑕疵ある営造物の設置を許すことは、法の支配に服すべき行政機関が自ら法に違反することを意味するから、土地収用法がそのような事態を是認しているとは考えられず、営造物に瑕疵がないことが事業認定の黙示的な前提条件となっており、当該営造物に瑕疵がある場合は事業認定は違法となり、その点に裁量の余地はないとした。道路建設においても、周辺住民に受忍限度を超える被害が生じるといえる場合には、当該道路の建設を目的とする事業認定は違法とした。
 そして、現実に環境基準を上回る騒音が生じており、起業者のアセスメントでも高所では環境基準を上回る騒音が発生すると予測されているなどの理由から、圏央道は受忍限度を超える騒音被害を生じさせることを容易に認定できるとした。
 また、本判決は、騒音のアセスメントにおいて、殊更に緩やかな環境基準を適用した、予測の前提となる自動車の走行速度を時速八〇km(法定最高速度)という、高速道路の実態に則していない数値を設定している、高所について十分な調査がされていない、他の道路との複合的な騒音について十分な予測がされていないなどの問題点を指摘した。
 さらに、大気汚染について、本判決は、起業者が行ったアセスメントについて、接地逆転層(気温が低下し、地面が冷却すると、空気が上空に上昇せず、低空で滞留する現象。汚染物質が地上に滞留する。)の影響が正しく予測されているか疑問がある、浮遊粒子状物質(SPM)と健康被害の因果関係が数多くの裁判例で示されているにも関わらず、SPMの予測がされていないなどの問題点を指摘した。
 以上を根拠に、本件事業は騒音被害を生じさせる瑕疵ある営造物の設置を目的とする事業で、本件事業認定はこの点のみを取り上げても違法であり、また大気汚染についても、圏央道の供用によって被害が発生する疑念が払拭できず、確度の高い調査をする余地もあるのに、これを行わないまま事業認定を行った違法があるとして、本件事業認定の違法性を認めた。
(二)圏央道事業が土地の適正且つ合理的な利用に寄与するものではないと認めた
 本判決は、「適正且つ合理的な利用」の土地収用法二〇条三号の要件該当性について、事業で得られる公共の利益と失われる利益とを比較衡量し、前者が後者に優越することを意味し、判断には一定の裁量があるが、考慮すべきでない要素を過大に重視し、考慮すべき要素を不当に軽視した場合は、判断に誤りがあり、事業認定は違法となるとした。
 その上で、@「都心部の渋滞緩和」は、他の環状道路が建設されるのなら圏央道は不要とさえ認められ、一方国道一六号線及び四一一号線(ともに近隣にある一般国道)の渋滞緩和も具体的根拠がなく、渋滞緩和は具体的裏づけのない期待感の表明に留まる、A被告らの主張する「高度の便益」も負の側面について一切考慮されていないなどの理由で不合理である、Bあきる野ICについても、隣接する日の出ICから約二・〇kmしか離れていない地点にICを設置する高度の必要性は認められない、C代替案の検討がなくても事業計画の合理性が優に認められる事情もないのに、代替案の検討を全く行っていない、という根拠を挙げ、圏央道の建設への固執は、投資を分散させ、問題の解決を遅らせるともいえ、結局、本件事業の合理性は全く裏付けられていないから、本件事業認定は同法二〇条三号の要件を満たしていないとした。

(三)収用裁決の取消
本判決は、事業認定の違法は収用裁決にも承継されるとし、収用裁決も取り消した。
(四)提言
 さらに、本判決は、計画策定後長期間行政処分をしないまま任意買収で事業を進め、それが完了した段階で事業認定を得て、行政訴訟が提起されても一気呵成に事業を続行して完成に至らせる(地権者は、執行停止制度が機能しない現状では訴訟提起をしても強制執行を甘受せざるを得ない)行政の運用とそれが可能な法令の定めがあると指摘し、事業進捗前に早期の司法判断が可能な争訟手段の新設が必要という提言も行っている。

三 本判決の意義
 本判決は、住民らの声に真摯に耳を傾け、公共事業をめぐる訴訟において行政が主張する「公共性」の背後にある問題を的確に見抜いた、極めて画期的な判決であり、道路公害等を危惧する住民や地権者の声を無視し、法の支配に服しようとしない行政に対し強く反省を迫るものとなった。
 そして、本判決には、国道四三号線訴訟、尼崎公害訴訟など、数多くの道路公害訴訟で積み重ねられてきた成果が遺憾なく反映されているといえる。

四 本判決後も迫られる明渡
 ただし、本件では、代執行停止の認容決定(本誌六七号で報告、東京地決平成一五年一〇月三日判時一八三五号三四頁)が高裁で覆され(東京高決平成一五年一二月二五日判時一八四二号一九頁)、最高裁も高裁の結論を維持したため、多くの地権者が判決前に明渡を余儀なくされた。本判決の提言も、この事態を憂いてなされたものと思われる。
 しかし、勝訴判決を受け、明渡しを終わっていない地権者が新たに申し立てた執行停止事件について、四月二六日、東京地裁民事第三部(鶴岡稔彦裁判長)は、最高裁で「地権者の損害は金銭補償で足りる」という結論が出たことを理由に申立を却下した。
 こうして、本案訴訟において違法と断ぜられた行政処分に基づいて明渡しが強制されるという、司法及び行政訴訟制度の矛盾をさらけ出す事態が発生した。

五 今後について
 本件は、被告らの控訴により、高裁で争われることとなった。
 近年の高裁が、本件の執行停止の即時抗告審で示したように、行政追随の判断を下していることを考えると、決して楽観できるたたかいではないが、弁護団は、この画期的な判決を確定させ、その成果を広めたいと考えているので、今後ともご支援願いたい。

 

公取審判事件記録の開示を認めた最高裁判決について
谷合周三 (東京弁護士会)


 最高裁判所第三小法廷は、二〇〇三年九月九日、各地の地方自治体が発注したごみ焼却施設建設工事に関する談合事件について、談合企業に対して、談合によって地方自治体の被った損害の賠償を求めている住民訴訟を遂行中の原告住民に、住民訴訟における主張立証のために、公正取引委員会で審理が進行中の審判事件の記録を閲覧謄写する権利があることを認める判決を言い渡しました。住民に、独禁法違反による被害の回復、公益実現のための実質的手段を確保した、画期的な初判断です。

一、事実経過と争点
公正取引委員会は、地方自治体の発注するごみ焼却施設建設工事について、一九九八年九月、大手焼却炉メーカー五社等に立ち入り検査を行い、一九九九年八月、五社が、遅くとも一九九四年六月以降談合を行っていたとして、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」と略称)三条六項(不当な取引制限(二条六項)の禁止)違反を理由に排除勧告(独禁法四八条三項)を行いました。
 五社が、この勧告に応じなかったため、一九九九年九月、公取審判事件が開始しました。審判事件での審査官の主張によれば、勧告対象期間中に五社が談合を実行した工事件数は六〇件、受注総額は約九二六〇億円にのぼります。
 一方、全国各地の被害を受けた横浜市、東京都その他の地方自治体の住民は、二〇〇〇年五月ころから、地方自治法に基づく住民監査請求を行い、各自治体が、五社に対する損害賠償請求権を行使することを求めましたが、監査請求はいずれも退けられたため、同年七月前後以降、全国一一地裁で、一七件の工事に関して、五社ないし五社のうち当該工事を受注した業者に対して、損害賠償を求める一三件の住民訴訟を提起しました。
原告住民は、住民訴訟において、談合の事実、談合による損害額等の主張立証を行うため、二〇〇〇年六月以降、独禁法六九条に基づき、「利害関係人」として、審判事件の閲覧謄写請求を行い、公取は、二〇〇一年三月一二日、プライバシー部分等を除く審判事件記録の閲覧謄写を許可しました。なお、当時は、談合に基づく損害賠償請求について、地方自治法に基づく住民監査請求の期間(一年間)の制限規定が適用されるとの解釈が下級審においては支配的であり、談合発覚後、できるだけ早期に住民監査請求を行っておかなければ、期間徒過を理由に、住民訴訟が却下されるおそれがありました(なお、その後、最高裁は、二〇〇二年七月、談合による損害の賠償を求める住民監査請求については、期間制限規定の適用がない旨の判断をしています)。
この公取の許可処分に対して、五社が閲覧謄写許可処分取消等請求訴訟を、公取を被告として提起したため、同訴訟に、住民訴訟原告が参加しました。
独禁法六九条は、「利害関係人は、公正取引委員会に対し、審判開始決定後、事件記録の閲覧若しくは謄写・・・中略・・・を求めることができる。」と規定しているところ、住民訴訟を提起した原告住民が、この「利害関係人」に該当するか否かが、争点となりました。すなわち、進行中の審判事件記録について、住民訴訟原告に閲覧謄写を行う権利があるのか否かが唯一の争点でした。
 この「利害関係人」の解釈については、昭和五〇年七月一〇日最高裁判決が、審判事件の被審人、独禁法の規定に基づき審判事件に参加し得る者、審判事件の対象である独禁法違反行為による被害者(本件では地方自治体)が該当するものと判断しており、自治体に代って住民訴訟を提起した住民も「利害関係人」に該当するか否かが争われました。

二、最高裁の判断要旨
 東京地裁は、二〇〇一年一〇月一七日、住民訴訟の原告を「利害関係人」と認めて請求棄却、五社の控訴を受けた東京高裁は、「利害関係人」の範囲を極端に限定し、住民訴訟制度自体を否定するかのような言い回しで、二〇〇二年六月五日、地裁判決を取り消し、原告住民の閲覧謄写請求権を否定しました。これに対し、公取は、上告受理申立理由等がないとして、最高裁への申立を断念し、参加人である住民のみが上告受理申立を行いました。
最高裁第三小法廷は、二〇〇三年七月一五日弁論の後、同年九月九日、独禁法が「一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進すること」を目的としていること(一条)、独禁法の適正な運用を図るために必要な事項を公表することを予定していること(四五条)、その他の独禁法上の制度等に照らして、六九条に基づく閲覧謄写請求権は、独禁「法違反行為の被害者が差止請求訴訟又は損害賠償請求訴訟を提起しあるいは維持するための便宜を図る趣旨をも含むものと解するのが相当である」と判示し、住民訴訟原告については、当該住民訴訟で「審判事件の事件記録を利用することの必要性、有用性については、地方公共団体が自ら被審人に対し損害賠償請求をしている場合と異ならない」として、「当該違反行為の被害者に準ずる地位を取得した」本件住民ら(上告参加人ら)は、「利害関係人」として、審判事件記録の閲覧謄写請求ができると判断しました。

三、最高裁判決の意義
この判決によって、ごみ焼却炉建設工事談合事件の住民訴訟における原告住民は、具体的な主張立証手段を入手することが可能となり、独禁法違反行為による地方自治体の被害回復を目指すための有力な武器を得たこととなります。
 また、談合に限らず、事業者ないしその団体による独禁法違反行為によって被害を被る一般消費者にも、独禁法違反行為の被害者として、審判事件記録を入手できる可能性を大きく開いた判決です。事業者による独禁法違反行為の抑止、被害回復等の公益の実現は、一般市民、消費者自らの手によっても行うことを可能とする方向に踏み出した、すばらしい判断といえます。

 

公共事業阻止活動における手段と結果
 猪俣栄一 (荒谷の清流を守る県民会議 代表) 


はじめに
 徳島県のほぼ中央部を西から東へ貫流する一級河川があります。あの細川内ダム阻止運動で有名になった那賀川ですが、その中流部にある長安口ダム湖に溜まった土砂のうち、ヘドロ状部分を七五万立方メートル浚渫して、ダム湖中央部に流れ込む荒谷という大そう美しい渓谷へ埋立処分するという徳島県の事業が、平成四年から始まりました。
 それに対して広範囲な反対運動が起こり、県の工事は、ヘドロ揚陸場所から荒谷までのダンプ進入用トンネルを一本抜いただけで立ち往生してしまい、ついに平成一五年一一月、県の公共事業評価委員会で、「自然保護団体から環境問題について指摘があり、また長期にわたって住民合意も得られていない」との理由で計画の全面中止が決定され、反対運動の全面成功という形で終熄しました。
 本稿はその経過の一部分のレポートに過ぎませんが、皆さんの活動現場で何かのお役に立てばと思って筆をとりました。

一、荒谷問題の伏線
 問題の那賀川は、幹線流路延長一二五キロメートル、流域面積八七四平方キロメートルの一級河川。この川の中流、那賀郡上那賀町長安口に昭和三〇年、総貯水量五四二八万立方メートルの徳島県内初の多目的ダムが建設された。
 当時徳島県は大型ダム建設のノウハウを有していなかったので、設計その他すべてを当時の建設省に依頼したといわれている。そのためか、ダム堆砂の排出装置を持たぬ欠陥ダムとなってしまったのだが、計画諸元の中で、ダム湖への計画堆砂量は一〇〇年間で五三〇万立方メートルと予測されていた。
 ところが昭和四〇年代から五〇年代はじめにかけて大型台風が度々襲来したことや、昭和四〇年代初頭から始まった奥地森林地帯での「拡大造林」による山地崩壊災害の多発、剣山スーパー林道建設による裸地拡大や残土堆積と相まって、ダム運用開始三三年後の昭和六三年には、堆砂量は一〇八〇万立方メートルと、予測の六倍の早さで進行した。
 以上が長安口ダムの堆砂環境である。

二、荒谷に迫った消滅の危機
 その後のダム集水区域内の状況変化により、昭和末期には那賀川の濁りはかなり改善されてきた。にもかかわらず、平成に入った頃、今度はダム堆砂の除去問題が持ち上がってきた。ダムの堆砂は均一の形状ではなく、下方に大量に溜まった重い砂バラス層の上に、比較的軽い有機質混じりのヘドロ(県は微粒土砂と呼んでいる)の層がかなりの厚さで形成されている。県の説明では、夏冬の渇水時には風や波のためにこのヘドロ層が攪拌されて濁り水となり、下流に流れ出して利水の制限要因となっているので、除去が必要というのであった。
 除去そのものには是も非もなかったのだが、ガット船で浚渫したヘドロの処理方法が問題だった。ダム湖右岸中央付近に流入する荒谷という大変美しい渓流(全長三・七キロメートル)があるのだが、その谷の中流に貯砂ダムを建設し、ダンプで運んで一〇年かけて埋立処分するというのである(埋立面積は七ヘクタール)。
 この荒谷は、昭和三九年以降は全く無人の谷となっており、また常緑、落葉の広葉樹からなる河畔林が点在していて美しい森林景観を形成しているものの、制限林の網は何もかかっておらず、河畔林以外の部分は殆どがスギ一斉林に改植済であった。
 という事で、県河川課としては地権者との話がつきさえすれば、何の問題もなく林地開発が可能と考えて、生物環境調査も地元説明会も省略して埋立計画を作成したようだが、それが間違いの始まりだった。

三、八方塞がりの反対活動
 実はこの谷は大小の滝や奇岩怪石が連なる美しい渓谷というだけでなく、徳島県でもかなり目立つ特異な動植物相を持っていて、私は昭和四〇年代後半にその事に気づき、以来頻繁にこの谷へ調査に入っていた。ということで測量調査が始まったと同時くらいに県の河川課に計画の詳細な内容を質したのだが、地元民でないという理由で資料提供を断られた。
 そこで地元住民に呼びかけて反対運動組織づくりを図ったが、これが見事に失敗。というのも上那賀町という町は、御多分に洩れず昭和の大合併で生まれた大面積の過疎の町で、大字は元の村である。従って自分の住む地区(大字)内の事には関心があっても、他の地区への関心は薄い傾向がある。例えば荒谷は平谷という大字だが、他の地域の人は名称は知っていても谷の所在は知らず、中には荒谷の名前すら知らない人もいたくらいだ。
 で、テレビや新聞等、県内外のメディアにも働きかけたが、地元の人さえ知らぬ話に乗ってくるメディアもなかった。従って、通常のような監査請求から予算支出差止訴訟に持ち込む作戦は、全く期待できなかった。

四、「荒谷原告訴訟」の天啓
 そうした八方塞がりの状態だった平成六年の正月、冬の調査で氷の張った荒川を独りで歩いていた時、「天恵」というか「天啓」というか、ある方策が頭に閃いた。前年の一一月頃、オランダで小川か何かを原告とし、また一二月には多分ハワイだったと思うがカモかガンを原告とした公共事業差し止め裁判があり、両方とも国が敗訴したという小さな外電記事が、ある全国紙の国際欄に載っていたのを、フト思い出したのである。
 早速大阪弁護士会の藤原猛爾弁護士に事実の確認を依頼したが、両方とも内容確認ができなかった。それを県庁記者クラブのある全国紙の記者に話したところ、大乗気で、すぐ荒谷へ取材に生きたいと言い出し、県議会の知り合いの議員や県野鳥の会の保護部長等も加えて荒谷へ乗り込んだ。結果はみんなが荒谷の美しさに感嘆し、ヘドロによる埋立など以っての外という事になり、その記者は早速全国版の記事にした。見出しは勿論「渓谷が原告。保護活動家が代理人」。これには早速地元誌も追いかけてきた。
 そのすぐあと、前記の藤原弁護士と、同じ大阪の富崎正人弁護士が現地調査に入ってくれた。事前に記者クラブに通知してあったとは言え、地元の外、大阪の局も含めてテレビ四局、新聞七社がフェリー着場からの同行取材、大々的に取り上げてくれたが、いずれも「埋立不可」という論調だった。
 また後日、青山学院短大の秋山紀子教授が現地調査したときも地元テレビが同行取材し、「ダムに溜まったヘドロは海へ流すのが地球環境論からも当然」という同教授の主張を強調してくれ、埋立反対論の足がかりとなった。
 こうした流れを背景に、地元の平谷地区では事態が一変し、当初中年婦人層を中心に行われ始めた荒谷の希少生物の観察会が、「荒谷の自然と歴史を守る会」へと拡大して行ったし、県内全域を対象とした「荒谷の清流を守る県民会議」も結成されて、県内全般での反対署名活動が急速に進んだ。
 また上記二団体と県河川課の話し合いも、公開討論という形で何回も開かれ、その都度広く報道されて、埋立事業の不合理性が県民の間に深く認識されるに至ったし、県議会でも繰り返し質問が行われて、河川課が追い込まれていった。
 以上の流れはいずれも前記の「荒谷を原告とした訴訟」という一連の報道がきっかけとなったものである。

五、運動の方法論と結果論
 以上のような背景を底流に十年の歳月を経て、今般、冒頭に書いたような計画全面中止という完璧な結末が導き出されたのだと私は考えている。
 だが「めでたさも中くらいなり」で、この結末には大きな問題点が残った。それは私のとった「環境原告訴訟」という大風呂敷宣伝戦術に対し、いまも残っている一部の人たちの「あとのない一回ぽっきりの脅し戦術」という酷評である。
 たしかに現在の法制度の中ではこの批判は全く正しい。他のケースも含めて二度とは使えぬ手段である。けれど、何の法の網もかぶっておらず、当時の通達アセスの対象にも入らず、他方で事業予算も承認され多くの部分が国補事業の認定を受けた「完全無欠」の公共事業を、或る環境活動家が評した如く、「たった一人で計画をひっくり返えす」ためには他にどんな手段があったろうか。
 そのカラ宣伝で役人を騙して事業を止めさせた訳ではない。「こういう思考もあるよ」という問題提起を多くのマスコミが一つの方法論として受け止め、取り上げてくれただけだ。そしてその結果、多くの県民がこの事業の虚妄性、過度の自然破壊代償性に気づき、それが大きなうねりとなって行政を動かしただけの話であって、別段、詐欺インチキを働いたわけではない。
 「清く正しく美しい」宝塚方式で監査請求から始めて、結局は谷全体を埋められ、景観や希少生物が消滅した後、何年か経ってこの事業の不要性が認識されるご時世が来たとしても、消滅した自然や地球史四五億年の中で二度と生まれ変われない生物達に、誰がどんな謝罪をし、現状回復ができるのだろうか。
 自然保護活動に同世代の毀誉褒貶は無縁である。私には四五年に及ぶ自分の自然保護活動歴の中で感得した信念がある。「手段より結果を」。そして「消滅後の後悔よりいま声を上げて動け」という事である。
 声を上げ続ければ、やがて裁判官の考えも法律も変わる日が来るであろう。最初に国政レベルの有権者の比率の不均衡について訴えを起こした時、誰がやがて「憲法違反」という司法判断の定着を予測しただろうか。とに角「今声を上げること」が大切であろう。