『環境と正義』 Victory 2002

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■このページの目次
No.47.2002.1/2月号 2002.03.03
ゴルフ場建設阻止の和解成立
  吉野桜ゴルフ場建設工事差止訴訟
     北岡 秀晃(奈良弁護士会)
  第一審判決に勝る和解内容
     原告団代表 浦南惣一
  →和解条項

No.48.2002.3月号 2002.03.03
  マンション建設反対運動への巨額賠償請求を棄却
     虻川高範(秋田弁護士会)

No.49.2002.4月号 2002.06.08
豊郷小学校解体差止仮処分で解体ストップ
     吉原稔

No.50.2002.5月号 2002.07.26
栗東市RD産廃処分場について解決に向けた第一歩の勝利 (近藤君人)

No.51.2002.6月号 2002.06.08
処分場訴訟雑感  弁護士 廣田次男(福島県弁護士会いわき支部)

No.53.2002.8-9月号 2002.10.16
談合住民訴訟が最高裁で逆転勝訴 竹内浩史(名古屋弁護士会)

No.54.2002.10月号 2002.04.06
住民訴訟の弁護士報酬請求を認容  竹内浩史(名古屋弁護士会)

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2003.04.07

No.47.2002.1/2月号 2002.03.03

ゴルフ場建設阻止の和解成立
    吉野桜ゴルフ場建設工事差止訴訟


          北岡秀晃(奈良弁護士会)

はじめに
 環境法律家連盟の前身とも言うべき「リゾート・ゴルフ場問題法律家ネットワーク」の総会が奈良で開催されたのは一九九四年四月のことでした。参加された方は、総会の翌日に「一目千本」といわれるほど山桜が咲き誇る吉野山に行き、桜の木の下でお弁当を食べたことを覚えておられるでしょうか。あのお弁当等を手配してくれたのが吉野桜ゴルフ場差止訴訟の原告団の方々です。
 二〇〇一年九月一一日、大阪高等裁判所において、住民側とゴルフ場建設業者(会社更生手続中であり正確には更生管財人)との間で、ゴルフ場建設を断念し、本件計画地において恒久的にゴルフ場建設工事を行わないとの和解が成立しました。彼らの顔が喜びに輝きました。

訴訟の概要
 吉野桜ゴルフ場は「名勝吉野山」の真横の尾根に計画されたものであり、一九九二年一二月に奈良県知事が開発許可を下ろしました。計画地直下に居住する吉野町六田地区の住民を中心に多数の県民が原告となり、建設工事による災害発生のおそれや歴史的環境権の侵害を理由に工事の差止を求める訴えを提起したのは同じ年の五月でした。歴史、地質、治水計画、森林、農薬、法律など様々な分野の専門家の協力を得て、意見書の提出や証人尋問を行う一方、故犬養孝氏など学者文化人のみなさんの支援のもとにアピールや署名活動等を取り組んできました。着工、貼用印紙問題での訴え却下、高裁での逆転差戻判決(判例時報一五〇三号八五頁。なお広島の事件で最高裁判決が出てしまっていますが、奈良の弁護団に何らの連絡もなかったことはきわめて遺憾に思っています。)、建設業者の倒産と工事の中断など様々なことがありましたが、一九九九年三月二四日、奈良地裁葛城支部は、治水計画の誤りとこれによる下流住民への侵害のおそれ並びに水利権侵害のおそれを認め、初のゴルフ場建設工事差止判決(判例タイムズ一〇三五号一九〇頁)を下しました。この内容等については、「環境と正義」二三号(一九九九年八・九月合併号)のビクトリーで詳しく報告しています。
 この判決後も、業者側はあくまでゴルフ場建設を断念せず、むしろ代理人弁護士を一新し、治水関係の専門学者の意見書を提出して原判決の取消を求めてきました。そのため弁護団は一審と同様に国土問題研究会の全面 的協力を得て応戦すると共に原判決が認めなかった地質上の問題点をさらに主張立証する活動を続けてきました。
 そんな中で、二〇〇一年五月ころ、更生管財人から、承継事業者を探してきたが昨今の社会経済状況に鑑みてその可能性が見いだせないとして建設断念の意向が非公式に伝えられ、以後和解案や手順等に関する協議を重ねた上で、和解成立に至ったという経過です。

和解の内容と評価
 和解条項の前文では、当事者双方が、本件予定地が名勝吉野山に隣接し、世界遺産暫定リストにも掲載されたきわめて貴重な吉野の歴史的環境と一体をなすものであることにつき共通 の認識を持つことが謳われました。
 そして、本文では、業者側が開発行為の廃止のための手続をとり、本件計画地でゴルフ場建設工事を恒久的に行わないこと、計画地を廃棄物処分場や墓地など歴史的環境を損なうおそれのある用途には使用せず、これらの目的のために購入を希望する者へは売却しないこと、むしろ歴史公園など吉野の歴史的環境に適合する用途に利用することを求める住民の意向を真摯に受け止め、その実現に向け努力すべきこと等が定められました。これは、計画地で樹木の伐採や地形の改変が相当程度進んだ時点で工事が中断している状況にあることを前提に、計画地を地元吉野町に買い取ってもらい、歴史的環境に適合する公園等として再生させる方向をにらんでの条項です。
 まさに単純な差止判決を上回る完全勝利の和解と言えます。歴史的環境の重要性についての共通 の認識を定めたことについては、歴史的環境保全の運動を取り組む方々からも評価をいただきました。歴史的環境権の具体的権利性を確立することは今後の大きな課題ですが、一つの前進となればありがたいことです。

今後の課題
 和解成立を受け、業者は開発行為の廃止手続をとり、ゴルフ場建設は阻止されました。地元吉野町では、まだ買い取りの明確な態度は示してはいませんが、計画地の利用計画を検討するための「協議会」設置を検討しています。この協議会の設置は住民や弁護団が町に対して申し入れ、委員としての参加も含めて具体化を求めたものです。協議会の構成メンバーなど楽観を許さない流動的な点はありますが、着実に前進しているように思います。
 もちろん跡地をいかに再生させるか、費用負担の問題も含めまだまだ大きな問題と障害が残されています。提訴から九年、ゴルフ場問題が起こってからは実に一五年になりますが、住民と弁護団のより一層の粘り強い、そして県民を巻き込んだ取り組みが求められます。しかし、今までと違って展望は大きく開けています。一人一人の誠実な取り組みが人の心を動かしこの成果 を生んだという点に確信をもって、引き続き努力していきたいと思います。

最後に
 この訴訟を取り組む中で、歴史的環境権の確立を求める研究者・運動家との定期的な研究会が開かれたことがありました。その中心的メンバーから、跡地利用の方法として「万葉植物園構想」も提起されています。前述のとおり、歴史的環境権の具体的権利性を確立するためにはまだまだ遠い道のりがあると思われますが、歴史的環境権を主張して裁判を闘った弁護士の責任としても、引き続き取り組んでいきたいと考えます。

 

 

第一審判決に勝る和解内容

原告団代表 浦南 惣一

 「治水対策に不備があり、洪水による下流域住民の生命を脅かす恐れがある」と、二年前の平成十一年三月二十四日の奈良地裁葛城支部での宮本裁判長の判決に、みんな笑顔で勝利宣言を行いました。
翌日新聞各紙では、「画期的な判決」・「歴史に残る判決」等々の記事が躍り、私にとっても生涯心に残る記念すべき日となりました。この一審勝利判決があったからこそ、大阪高裁の勝利も確信して最後まで闘えたと思います。
このたびの和解の内容も、一審判決に勝る最高のものとなっています。『ゴルフ場は恒久的に建設せず、下流住民の生命・財産に危険が生じることのないよう管理すること』となっている上に、これまでは認められなかった歴史的環境権についても、『世界遺産暫定リストにも掲載されたきわめて貴重な吉野の歴史的環境と一体を成すもの』として、『今後この環境を壊す恐れのある用途にしない』ことも明記されています。即ち私たちが主張してきた重要なことがすべて盛り込まれた和解条文になっているわけです。
この完全勝利和解の、最大の原動力は何といってもすばらしい五人の弁護士先生のお力の賜物であると思います。さらに、直木孝次郎先生や故犬養孝先生をはじめ多くの学者・文化人の方々並びに国土問題研究会の先生方の力強いご指導ご協力があったからこそのことです。と同時に度々の要請署名や原告団に名前を連ね、ご協力いただきました町内・県下・全国の吉野を愛する多くの方々のご支援の賜物と感謝いたします。
また葛城地裁での三十六回にわたる裁判傍聴に、大阪高裁へは収入印紙問題を含めて十回の裁判傍聴にと、毎回バスを満員にして、多いときは七十人を超す方々が傍聴してくださいました。このことも今度の勝利和解に大きく貢献したと確信しています。
今、この歴史に残る勝利和解を皆様と共に喜び、ご支援ご指導いただきましたすべての方々に心から感謝を申し上げます。
残る跡地の利用につきましては天下の吉野山の真横にふさわしいものにするため、引き続いての絶大なご支援ご指導を切にお願い申し上げます。(吉野町六田区)

■和解条項

平成11年(ネ)第1872、1873号
ゴルフ場建設工事差止請求控訴事件

一審原告  梅   本   愛   作
              外203名
一審被告  村本建設株式会社更生管財人
      中島健仁外1名

和 解 条 項

 一審原告らは、1992年5月の提訴以来一貫して、本件ゴルフ場建設工事が下流域に溢水や土砂災害を生ぜしめ一審原告らの生命・身体等に重大な被害を与えるおそれがあること、本件ゴルフ場建設が吉野の豊かな自然と貴重な歴史的環境を破壊するものであることを主張してきた。これに対し、一審被告らは、本件ゴルフ場の計画が奈良県知事の認可する基準に則って計画・施工されたものであり、ゴルフ場の計画及び施工の安全性に問題はないことを主張してきた。現時点においても、両者の基本的立場に変更はない。
 しかしながら、一審被告村本建設株式会社(訴訟承継人更生管財人中島健仁。以下「一審被告村本建設」という。)が、今日の経済情勢下において本件ゴルフ場建設を引き継いで行う開発業者が現出することがもはや不可能であると判断したことを受け、一審原告らと一審被告らは、本件ゴルフ場建設予定地が名勝吉野山に隣接し、世界遺産暫定リストにも掲載されたきわめて貴重な吉野の歴史的環境と一体をなすものであることにつき共通 の認識に立って、本日次のとおり和解する。

1 一審被告らは、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)上において、ゴルフ場建設工事を恒久的に行わない。
2 一審被告奈良森林観光開発株式会社(以下「一審被告奈良森林観光」という。)は、平成4年12月24日付けでなされた都市計画法に基づく開発許可(開発許可番号第50−45号)をはじめとする本件ゴルフ場建設のためのすべての許認可につき、速やかに開発行為を廃止するために必要な手続をする。
3 一審被告奈良森林観光は、本件土地を所有する間、九条谷川及び奥六田川流域を含む周辺住民の生命・身体・財産に対して危険が生じることのないよう、本件土地及び本件土地上の工作物(調整池)を、奈良県知事の行政指導に従うなどして適正に維持管理する。一審被告村本建設は、一審被告奈良森林観光の上記維持管理業務に協力する。
 また、一審被告らは、本件土地が地方公共団体に譲渡された場合においても、当該地方公共団体が行う本件土地及び本件土地上の工作物の維持管理について、できる限りの協力をするものとする。
4 一審被告奈良森林観光は、本件土地並びにその周辺地域が、吉野の重要な歴史的環境と一体をなすものであることに鑑み、本件土地を廃棄物処理施設、墓地その他歴史的環境を損なうおそれのある用途に使用せず、それらの使用目的のために購入を希望する第三者に対し任意に売却しない。
5 一審被告らは、一審原告らが本件土地を緑地公園、歴史公園など吉野の歴史的環境に適合する用途に利用することを求めていることを真摯に受け止め、本件土地の今後の土地利用について一審原告らの意向を十分に斟酌し、その実現に向けて努力する。
6 一審被告奈良森林観光は、本件土地に関して今後監督官庁たる奈良県知事から発せられる行政処分、行政指導を誠実に遵守する。一審被告村本建設は、これらの行政処分、行政指導を尊重する。
7 一審原告らはその余の請求を放棄する。
8 訴訟費用は、第一、二審とも各自の負担とする。


No.48.2002.3月号 2002.03.03

マンション建設反対運動への巨額賠償請求を棄却
仙台高裁秋田支部平成13年(ネ)第62号
     弁護士 虻川 高範(秋田弁護士会)

一 事案の経過
 本件は、商業地域でのマンション建築禁止を求める仮処分が、地裁で認容されたが、高裁で棄却され、業者側からの巨額の損害賠償請求訴訟を提起されたという事案である。
 秋田市内の中心地にも、マンションが乱立するようになった。地域指定上「商業地域」のため、数棟のマンションが建築されていた地区に、神奈川県に本社を置く建設会社((株)ヤマザキ、現宝山建設(株))が、一四階建てのマンション計画を公表した。
 その北側には、日照を大幅に制限される住居があり、その更に北側に一〇階建のマンションがあり、そのマンション居住者も、日照を制限されることとなった。
 そこで、住民たちは、マンション業者らの説明会等で反対の意思を表明し、市に対し、陳情等を行っていた。市は、業者及び住民双方に、円満な解決を求めたが、業者は、住民たちだけでなく、市に対しても、露骨に敵対心を示した。この業者は、計画反対運動に直面 した当初から、損害賠償を請求する姿勢を示し、住民側が市議会に陳情した陳情署名の情報公開を求めた際にも、その請求書に、陳情署名者への損害賠償請求を行う旨記載するなど、運動体への「威嚇」姿勢を示していた。
 業者は、説明会等を実施したとして、平成一〇年八月一〇日、秋田市に建築確認を申請したが、同市建築主事は建築確認通 知を留保していたところ、業者は、九月二四日、秋田市建築審査会に審査請求を申立るとともに、同月三〇日、秋田市に対し、約一億八千万円の損害賠償請求訴訟を起こした(同訴訟では、地裁高裁とも、建築確認留保の違法性を認めたが、損害について地裁は否定、高裁は少額(数十万円)を認容した)。
 市建築審査会は、一〇月一九日、審査請求を一旦棄却することとしたが、一夜にしてその決定を覆し、同月二四日付で、同市建築主事に対し、確認通 知をするよう裁決したため、同主事は、二八日建築確認通知をした。
 そこで、業者が建築に着工する気配を示したため、住民(隣家住民とマンション住民)は、同年一二月、建築禁止の仮処分を申請した。

二 仮処分の経過
 秋田地裁は、平成一一年五月七日、次のように、マンション居住者にも被保全権利を認めた上、本件地域が商業地域ではあるが、実態として住居地域であるとして、日照権侵害による東側の一部建築禁止を命じた。
 本件地域の周辺は、いずれも第1種住居地域で、「本件地域は、第一種住居地域の中に南北に細長く突き出した形状で商業地域とされている地域である。」「本件地域の実態は、多数の住民を有する住居地域である。」
 このように、本件地域は、「その実態は住居地域というべきである。」
 そして、「本件地域においては、なお、住環境の保護にも十分な考慮を図るべきであり、これまで両事件の債権者らが何ら支障なく日照を享受してきたことにも照らすと、このような各債権者らの日照享受の利益については、少なくとも右の日影規制の対象とされる準居住地域におけるのと同程度の配慮がなされる必要があるものというべきである。」
 住民たちの受ける日影は、「私法上の受忍限度を超えるものというべきである。」として、マンション東側部分一部の建築禁止を命じた。
 業者は、同地裁に、異議申立をしたところ、同地裁は、同年七月九日、マンション居住者の被保全権利は否定し、その申請は棄却したが、隣地の居住者の申請は認め、原決定が禁止した部分を少し縮小した範囲での建築禁止を命じた。
 このように、地裁の二つの決定は、いずれも、商業地域でのマンション建築の禁止を命じた。
 ところが、抗告審決定(仙台高裁秋田支部)は、同年一二月三日、本件建物等が、「本来日影規制が及ばない建物であること、本件地域において相当程度中高層化が進んでいること」や、「債権者らが日照以外の点については、商業地域に居住することによる利便を享受していること」などから、「債権者らにおいて、日照被害による損害の賠償を求めうる可能性は否定できないにしても、少なくとも本件建物の建築については、これを禁止すべき程の違法性はないものといわざるを得ない。」などと判断し、仮処分を取消し、住民側の申立をいずれも却下した。
 このように、商業地域でのマンション建築計画について、裁判所は、三者三様の結論を示した。
三 損害賠償請求訴訟の提訴と棄却
 仮処分手続中、業者の着工を阻止していたが、右仮処分棄却を受けて、住民側は、新たな対応を迫られた。
 ところが、業者は、仮処分申請者に対して、約五億円の損害賠償請求訴訟を提起してきた。
 これに対して、秋田地裁は、その請求を全面的に棄却した。業者は、これを不服として控訴したが、仙台高裁秋田支部は、本年一月一六日、「当裁判所も、本件土地は商業地域にあるもの、未だ商店街が形成されるという状況にはなく、周辺は第一種住居域とされていること、本件マンションの建築により被控訴人らはかなりの日照被害を受けることになること、被控訴人らは弁護士に委任して本件仮処分申請に至っていることなどからすれば、被控訴人らが被保全権利があると信じたことに相当な理由があり、本件仮処分申請に過失はない」と判断して、控訴を棄却した。
 代理人としては、住民団体への威嚇的な訴訟で、認容されることはない、と考えていたが、実際に巨額の訴訟の被告とされた住民たちは、それなりにストレスを受けていたと思う。棄却の判決を受けて、ホッとした雰囲気が法廷に漂ったのも、正直な反応だろう。「運動家」でない住民たちなので、なおさらだ。
 産廃反対運動や自治体に対して、巨額の損害賠償請求訴訟を提起する例が多くなっているようだが、その目論見を棄却した例として報告したい。
 もっとも、マンション用地は、今なお業者が所有しており、反対運動の正念場は、これからである。


No.49.2002.4月号 2002.06.06

町立豊郷小学校の解体を仮処分で差し止め。
  吉 原   稔

 文化財的価値の大きい滋賀県豊郷町立豊郷小学校を解体するという豊郷町の決定に対し、大津地裁は、住民訴訟による差し止め請求権を本案とする解体差し止めの仮処分決定を1月24日にした。
 豊郷小学校は、昭和14年に、郷土出身の近江商人で丸紅の専務であった古川鐵冶郎氏が、当時の金で43万円を、「米百俵」の精神で寄付し、アメリカ人宣教師で、有名な建築家のメレル、ヴォーリス(同志社大学のアーモスト館(重要文化財)、関西学院大学の本館、神戸女学院、大阪の大丸百貨店。京都の東華菜館などを設計した。)が設計し、竹中工務店が施行した、鉄筋一部3階建ての本館と、アールデコ風の講堂、図書館のある「白亜の殿堂」「東洋一の小学校」といわれた歴史的文化財的価値を持つ建物である。これを、「老朽化して耐震性がない、今の小学校にふさわしいオープンスペースがない」という理由で、取り壊し新築を強行しょうとした。町村合併をすると、ため込んだ34億円の基金が地元に使えなくなるのでその前に使い切ってしまおう、町長の実績としてハコモノをたててしまおう、ゼネコン、土建業者に仕事をやろうという動機である。
 最近、町村合併が迫ると、急に基金を使って贅沢な施設を作ろうという、合併による行政経費の削減という大義名分に反した公金の浪費が顕著にある。仮処分は、住民訴訟による差し止め請求権を本案とし、被保全権利は、地方財政法4条1項(地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要かつ最小の限度を超えてこれを支出してはならない)、地方自治法2条14項(最小の経費で最大の効果 を、経済的合理主義の原則、費用対効果)、地方財政法8条(財産管理についての管理者の善管注意義務)違反、文化財保護法3条、4条による文化財所有者の保存尊重義務違反、民法90条公序良俗違反 (郷土の恩人である寄付者の遺族が反対しているのに解体する、恩知らずな罰あたりな行為)裁量 処分の裁量権の逸脱濫用による解体処分の違法性を主張した。
 仮処分決定は、このうち地方財政法8条違反、(文化財の価値、解体の是非、耐震性の判断、補強方法、費用対効果 の検討を、専門家を交えて十分な調査検討をしなかったこと、住民の多数が保存を望んでいることを無視したこと、から財産の管理方法や効率的な運用方法として適切さを欠くとし、8条に違反するとした。)を採用した。仮処分によって、解体はストップされた。住民訴訟を本案として民事訴訟法の仮処分が許されるかについて、判例学説とも可否半ばする状況である。最近行政事件訴訟法の改正が論議されるが、住民訴訟を本案とする差し止めの仮処分を可能とするように改正すべきである。また、地方財政法8条が、訓示規定であって、その違反は当不当にとどまり違法性をもたらさないと言う見解があるが本仮処分は訓示規定ではないという前提にたっている。
 町長は、解体新築が町民の意思であるという住民の請願を組織して解体に固執している。保存改修と解体新築のどちらが費用対効果 の面で合理的かも争点であるが、現行法上は地方自治法地方財政法しか、依拠する法律がない。学者教育家などの協力を得て解体阻止、保存改修を実現するものである。


 

No.50.2002.5月号 2002.07.26

栗東市RD産廃処分場について
           弁護士 近藤公人( 滋賀弁護士会)

解決に向けた第一歩の勝利

一 はじめに
 本件は、厚生省(当時)が廃棄物最終処分場における硫化水素検討会を設置する原因となった事件であり、同報告書(平成一二年九月)にも、本件事例が詳細に報告されている。
 本件の産業廃棄物最終処分場は、滋賀県栗東市(旧栗東町)にあり、日本中央競馬会トレーニングセンターから数キロしか離れていないところにある。
 本件の最終処分場の持ち主であるRDエンジニアリング(以下RDという)は、安定型の処分場と焼却施設を保有して営業を行っていた。一九九九年以前も近隣住民は、焼却施設から出る煙灰等で保健所などに苦情を言い続けたが、栗東町町長の親戚 がRDの経営者であることもあって、「RDさんが黒い煙を出したりすることはない」と言って、無視された。そして、RDの敷地に突如として巨大な建物が建設され、RDがガス化溶融炉の運転の同意を近隣自治会に求めてきた。
 住民は、一九九九年一〇月、集会を開き、「産業廃棄物を考える会」(以下考える会という)を発足させた。その記念講演として関口鉄夫氏(日本農村医学研究所客員研究員)が招かれ、関口氏が最終処分場を見学したとき、関口氏が最終処分場より硫化水素が排出されていることを指摘した。
 本件については、「埋め立て地からの叫び・ある住民運動の記録」(高谷清著・技術と人間)が詳しい。

二 二つの問題
 本件は、@安全性が確立していないガス化溶融炉の運転許可の問題と、A硫化水素が排出され、二万二〇〇〇ppm(致死量 の二〇〇倍)の高濃度の硫化水素が検出された産業廃棄物最終処分場の問題と二つの問題があった。特に、Aの問題は、最終処分場と住宅団地との間には、一本の道路(五m)しか隔ててないため、硫化水素ガスによる団地住民の健康被害(不安)が深刻であったし、汚染物質の流失による地下水汚染が問題となった。
 @の問題は、排煙による近隣住宅地の健康問題であり、近隣自治会も自治会として取り組むこととなり、近隣四自治会と考える会が構成メンバーとなり、合同対策委員会を設置した。そして、合同対策委員会は、@Aの問題を含めて、県と交渉することとなった。

三 調停申立
 RDより、住民に対して、ガス化溶融炉の運転の同意を求める公害調停を申し立ててきた。加害企業が住民に対して、公害調停を利用するという制度の趣旨を逸脱した前代未聞の調停となった。これに対し、住民も硫化水素発生の原因究明と最低でも硫化水素が出ない安定型処分場に戻すよう調停を申し立てた。
 住民側が調停を申立てるかの議論を行った。県は、「確かに注射器などがあるがそれは紛れ込んだものでありRDは違法な処理を行ったとまではいえない」という立場であり、住民側もこれに対して反論する証拠もなく、運動も停滞していた。
 そこで、調停の目的を、マスメディアに訴えること、主としてRDの違法な操業の資料集めとした。
 調停委員会より、調査を目的とした機関(当事者を含む)の設置の提案がなされたが、RDが違法処理がなされていないことを主張し続けたので、調査機関が設置されたとしても解決できないと判断し、また調停が非公開で、調停内容を広く住民に訴えることができず、運動にマイナスが出てきたため、住民側が調停を取り下げた。
 調停と同時並行に、考える会は、RDの元従業員の聞き取り調査を行い、違法操業の実態を明らかにしてきたり、また電気伝導度、OCDの測定などを行って違法な状態の産業廃棄物処分場であることを明らかにしてきた。
 なお、二〇〇一年二月七日、RDは、住民運動に負けて、ガス化溶融炉の解体を決定し、@の問題は解決した。

四 改善命令への道のり
 考える会は、調停が決裂してから、設置許可者としての県の責任を追及する方針を固めた。
 それまでに県が行った水質調査でも、自然界に存在しない有害物質が基準値以上に排出されていること、違法な深堀を行っていることは県も認めざるを得ない状態となっていた。
 住民側は、違法物質が排出されている以上、措置命令を求めたが、県は、RDが違法な処理を行った証拠がなく、違法物質が紛れ込まれた可能性がある以上、措置命令を出すことはできないと強く抵抗した。住民側も意見が分かれたが、県との交渉が決裂し、改善命令も出なかった場合を想定し、住民側は、今回の改善命令で解決していないことを確認し、県に改善命令を発することに同意した。
 県が改善命令を出す前に、住民側と県との間で、次のような確認書を交わした。

 確 認 書

1 県は緊急に行うべき対策として、次の3点をRDに対する改善命令により実施させる。
  @深堀地点の地下水汚染防止対策の実施。
  A北尾側の法面の後退などによる環境改善対策の実施。B深堀地点の地
   下水汚染防止対策の実施は、掘削と廃棄物の移動による。
2 改善命令を受けてRDが提出した改善計画については、県はその内容について住民と協議を経たうえで承認を与え、その後実施させる。
  改善対策の実施については、住民は協力するものとする。
  また現場の作業にあたっては、県監督員が危険を予見した場合を除いて住民の立ち会いを認めるものとする。
3 廃棄物などの分析調査は、検体の採取方法、分析項目、分析方法、判定基準などについて、あらかじめ県と住民で協議する。
  改善対策の実施過程で、有害な廃棄物の存在が明らかになった場合は、県はRDに対し、除去などの必要な対応をとらせると共に、廃棄物処理法に照らして、厳正に対処する。
  県と住民が必要と判断する廃棄物については、住民の収去を認める。
4 今後は地下水及び浸透スリの水質にかかるモニタリングを行い、県と住民の協議で必要と判断した場合は調査及び対策を追加する。
5 その他必要なことについては、その都度合同対策委員会と県が協議する。
                                平成一三年一一月二七日

 そして、県は、RDに対して、改善命令を発した。

五 終わりに

 この住民運動の特徴は、「弁護士に頼らない」住民運動である。弁護士に依頼すると、何でも相談してから行動するというパターンに陥りやすいが、企画や記者会見など、私が知らない間にどんどん実行されている。
 県の発表があると、同日又は翌日に記者会見を行い、県の発表の問題点を指摘してきた。
そして、考える会は、毎週土曜日午前中に事務局会議を開催し、方針を決め行動するというパターンをとってきた。この行動力が、今回の改善命令につながったものである。
 改善命令が出されたとしても、県は正式にRDの処分場が「違法」であることを認めたものではない。確認書に基づき、今後とも調査をしていき、県に対し「違法」を認めさせ、措置命令を出させることが、最終の勝利であり、今回の改善命令は、勝利に向けた第一歩の勝利でしかない。

以上

No.51.2002.6月号 2002.06.06

処分場訴訟雑感
弁護士 廣田次男 (福島県弁護士会いわき支部)

<六月の勝利と八月の惨敗>

 昨年六月二九日福島地裁いわき支部は、原町処分場建設差し止め請求仮処分につき住民側全面 勝利の決定をなした。私は原告住民の先頭に立って声を限りに万才を叫んだ。
 その四三日後の八月一〇日、同支部は小野町処分場操業停止等請求事件につき原告全面 敗訴の判決をなした。私は原告住民とともに力なく頭を垂れて裁判所を出た。
 本年三月一〇日同支部は、原町処分場建設差止請求仮処分異義事件について、昨年六月の決定より、更に踏み込んだ住民側勝利の決定をなした。私は、原告住民の万才に少し控え目に唱和した。
 福島地裁いわき支部に常駐する裁判官は三人だから、上記の決定および判決は全て、同一の合議体がなしたもので、裁判官の構成も同一である。原告住民の勝敗という点から見ると、同一合議体が「白・黒・白」という結論を出した事になる。
 勿論、原町と小野町では事件は別であり、その内容も異なるのだから「白・黒・白」と単純化する事が全面 的に正しい事だとは思わない。
 しかし、この「白・黒・白」から、現時点に於ける処分場訴訟の幾つかの本質的な要素を見通 す事は可能ではないかと思う。

<石頭に正義はない>

 小野町判決については、憤怒も露わに即日控訴した。控訴理由書に続いて控訴人準備書面 一、二を立て続けに提出した。判決書を読めば読む程に粗雑な判決との思いを新たにする。処分場の構造についての誤解、ゴミ処理工程についての不勉強などは、ある意味で裁判官の職業病のようなものなのかもしれない。
 しかし、決定的なのは「正義を行おうとする」気概も気力も全く感じられない判決になっている事である。本訴に於ける正義とは住民の生命と健康を守る事である。二〇〇頁にも及ぶ莫大な判決文である。一例だけを指摘する。
 しゃ水シートの耐久性について、判決文はゴミ企業の提出した証拠は全て信用できるとしたうえで、(被告主張の通 り)「シートは五〇年は持つ」と認定した。報告集会で住民の一人が「五〇年後にはどうなるンですか」と質問した。私は「判決は、五〇年後の事は考えていない」と答えた。住民は全く納得せず「五〇年後に私は生きていない可能性が高いが、私の子やあるいは孫は確実に生きていると思いますよ」と聞いた。私は「裁判官は三年で転勤して、この町に戻ってくる事はないから」と答えた。
 我弁護団は「仮にシートが五〇年持ったとして、その間に搬入ゴミが無害化する事はあり得ない」と主張し、「無害化」を主張する被告に対して、再三に亘り無害化の根拠につき釈明を求めたが、被告はついにこれに答えることはなかった。原判決は、我々の主張および被告が求釈明に答えなかった応訴態度には一言も触れていない。
 即ち、小野町判決には「そこで生活している人々」の存在感が全く忘れ去られているのである。「そこで生きている人々は子供を作り、孫を作る」という事を考えた痕跡が全文二〇〇頁の何処にもないのである。
 では何故、原町決定の「白」があり得たのか。
 原町処分場は土地利用権の有無を主戦場に設定する事に成功した。我々は馬鹿丁寧に民法の初歩から説き起こす準備書面 を「馬に喰わせる程」に書き連ねた。そして、仮処分であるにも拘らず「証人尋問」を三日間も行って提出した書証は甲一〇一号にまでなった。即ち、「万一、一審で敗けても高裁ならば必ず勝てる」と確信できる準備に没頭した。
 三年で転勤するエリート裁判官の石頭には「みっともない(即ち、高裁で逆転されるような)判決文は書きたくない」「みっともない判決を書けば、出世に影響する」との意識しかない。その危機意識を刺激し得た結果 が、原町の「白」だった思う。
 ゴミ訴訟に於いて裁判官に正義を期待する訳にはいかない。何故ならば大規模ゴミ訴訟の原告住民の大半は、現時点では反体制であり、その勝訴は「お上への反逆」に外ならないからだ。

<石頭に感動はない>

 原町の動員力には目を見張るものがあった。
 原町から福島地裁いわき支部まで、車で二時間半程の道程であるが、毎回の訴訟に数百人規模で参加し、特に老人パワーが顕著であった。裁判長は常日頃「国民に開かれた裁判所」を口にしていた。そこで私は(本訴について)傍聴席への補助椅子の設置、(老人のための休憩所としての)会議室の開放などを求めたが、全て拒否された。
 わざわざ二時間半をかけてきた人々のうち、傍聴できるのは一割弱の人々でしかない。まして仮処分の場合には当事者しか入廷できない。二時間半かけてきて「裁判所にも入れなかった」では動員が続かなくなるのは目に見えている。
 福島地裁いわき支部の法廷は四階にある。「静かにする事」「廊下には人が一人だけ歩ける隙間を作る」などの注意を十分したうえで私は参加した数百人の人々の全てに四階まで上がって貰い、法廷に入れる債権者、(本訴の場合の)原告、傍聴者などを四階の廊下で見送って貰うこととした。裁判所の中は原町処分場反対者およびその支援者で溢れ返り、その思いは痛い程に(私には)感じ取れた。
 これに対して、小野町訴訟は七年に亘る長丁場に加え、処分場の安全性を廻る科学論争が延々と続いた。元来、日本の裁判は分かりづらく、つまらない。まして科学論争になれば熱中するのは弁護士位 なもので居眠りする裁判官も珍しくない。
 傍聴席には固定客が大半であった。しかし、固定客は途切れなかった。しかも原告団長プラス一名は七年間の間、毎月二回の現場の水質検査を欠かした事がなかった。(因みに、現場は一時間余の道程の山中である)
 結審に際しての原告団長の七年余りを振り返って意見陳述は聞く者の胸を熱くさせるものがあった。しかし、原町の大量 動員の熱気も、小野町の七年間に亘り持続する決意も裁判官に影響を与えた痕跡は皆無であった。
 運動によって裁判官に何等かの感動ないしは影響を与えられるかも知れないナンテ期待は全く現実性がない。何故ならばエリート石頭には、人々の行動や人間の決意に感動するという感性が欠落しているからだ。

<ではなぜ裁判か>

 裁判はあくまでも運動の小部分、ないしは運動の手段でしかない。しかし重要な手段である。
 ゴミ裁判の勝負は、それなりに報道されるからそれなりの社会的影響がある。一応、法廷は(政治の世界などに比べれば)知的な理論を斗わせ得る場所である。現時点では、裁判所の中で出世欲に目の眩んだやつは見かけても、札束の横行している気配はない。そしてなによりも裁判期日は定期的に開催される。運動の節目を形成するには丁度具合が良い。
裁判官に正義と感動は期待できないが、裁判は重宝な運動の一手段であり、利用の仕方によっては多数派形成の重要な景気となり得る。

<ではどのような多数派か>

 大量動員を繰り返す原町処分場反対運動でも市会議員選挙では一敗地に暮れた。反対運動が自前候補を擁立して補欠選挙に臨んで敗れた時、運動の幹部は「我々は未だ多数派になっていない」と言った。私は「少し意味が違う」と思った。
 反対運動から議員を出すことないしは首長を出す事は決して多数派を形成した事にはならない。反対運動は市民運動として展開されるべきだから、政治的に音痴になるのは愚かであるが、選挙運動に関与するのはもっと愚かである。
 反対運動は議員や首長になるための準備運動ではないし、そういう「下心」のある人々に利用されていたのでは、それ自体の健全性を失ってしまう。反対運動はあくまでも健全な市民運動として、それ自体、野太く、多様な市民層に浸透していくべきものである。だから、圧倒的な保守の街である原町市では、圧倒的な保守の人々の間に「保守ではあるが、処分場には反対」という確固たる意見を築き上げる事が多数派の形成という事だと思う。

<ではどのようにして多数派か>

 正解のあり得ない課題である。
 役に立ちそうな事の全てを積み重ねる以外にない。
 役に立つと思われる事の一つに「地域エゴ」論の克服がある。ゴミ業者が必ず口にする「反対運動の人々もゴミは出している」「ゴミは必ず出るもので、どこかで処理する以外にない」と言ったセリフは全国共通 である。
 ゴミ問題は環境問題の中でも最も先端的な課題であり、少し大仰に言えば「二一世紀に於ける人類的課題」とも言い得る。反対運動を支えるイデオロギーが「俺達の故郷を守れ」だけだとすれば、先端的な課題を戦い抜こうとする、住民運動としては余りに思想的に貧困である。また「俺達の故郷……」は地域エゴの別 名とも受け取られ兼ねない。
 ゴミを出さない社会への展望は様々に語られている。しかし、実践例も交えての全体的な理論的構築は未だ脆弱としか言いようのない現状である。
 「こうすればゴミは出ない。だから処分場もいらない」と原町の老人パワーが他人に語れるような、野太いイデオロギーの構築が多数派の形成にとって、役に立つであろう事は明らかである。
 ゴミ弁連では、その構築を目指して六月二八日から北米でのゴミ処理状況調査を計画している。
 秋にはその報告書を纒めたいと思っている。

No.53.2002.8-9月号 2002.10.16

談合住民訴訟が最高裁で逆転勝訴
  竹内浩史(名古屋弁護士会)

一、 最高裁の新判断
主文「原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。」と、繰り返し三回。
七月二日の午前一〇時三〇分、最高裁第三小法廷は、裁判官全員一致で、愛知と三重と富山の三県の上水道談合住民訴訟について、却下判決を誤りとし、実体審理に入らせるため各地裁に差し戻すとの逆転判決を下した。
 全国市民オンブズマン連絡会議が、一九九五年七月の第二回大会(名古屋)で提案し、全国で一斉提訴した上下水道談合住民訴訟に対しての、七年目にして初の最高裁の判断である。
 オンブズマンと最高裁の意見が初めて完全に一致した歴史的瞬間であったが、それにとどまらない意義のある新判例となった。
 当日のテレビや新聞等で大きく報道されたように、今回の最高裁判決は、「談合をした企業に対する県の損害賠償請求権の行使を怠る事実についての監査請求には一年の期間制限が及ばない」というもので、地方自治法二四二条二項本文の、住民監査の「請求は、当該行為のあった日又は終わった日から一年を経過したときは、これをすることができない。」との規定の解釈適用という法律問題に帰する。判決文は三県とも同様で、最高裁に上告された時期が最も早かった富山県のもの(平成一〇年(行ヒ)第五一号損害賠償代位 請求事件)が、最高裁のホームページの「最近の主な最高裁判決」に掲載されている。
二、 怠る事実に対する監査請求
 地方自治法二四二条一項は、普通地方公共団体の住民が当該普通地方公共団体の違法、不当な「財務会計上の行為」又は「怠る事実」につき監査請求をすることができるものと規定しているところ、同条二項本文(本件規定)は、前者の「行為」についてのみ、「これがあった日又は終わった日から一年を経過したときは監査請求をすることができない」と規定していると、読み取れる。後者の「怠る事実」には期間制限は無いというのが素直な解釈である。典型例としては、県の土地の不法占拠者に対する損害賠償請求を怠っているような場合である。
 ところが、本件規定は拡大解釈され、「怠る事実」にまで適用されるようになってきた。そのきっかけとなったのが、最高裁第二小法廷の昭和六二年二月二〇日判決(民集四一巻一号一二二頁)である。この事案は、今回の最高裁判決によれば、「監査請求が実質的には財務会計上の行為を違法、不当と主張してその是正等を求める趣旨のものにほかならないと解されるにもかかわらず、請求人において怠る事実を対象として監査請求をする形式を採り」、期間制限の適用を免れようとしたケースであった。「不真正」怠る事実と呼ばれ、本件規定の趣旨を没却しないため、元となっている「行為」から一年という期間制限が適用されるようになった。
 問題は、談合をした企業に対する県の損害賠償請求権の行使を怠る事実について、これが「真正」なのか「不真正」なのかという事である。
 被告の談合企業や県は、談合に基づく両者間の請負契約は違法無効であるから、「不真正」怠る事実に該当し、契約から一年の期間制限が適用されるべきだとの主張を展開してきた。正直に言って、原告オンブズマン側にとっては予想外の開き直りを受け、談合の影響を受けた請負契約も必ずしも違法無効とは言えないとの論陣を張らざるを得なくなった。滑稽とも言える「ねじれ現象」である。もちろん、不法行為に基づく損害賠償請求だから請負契約の違法は要件ではないので、「真正」怠る事実に該当するというのが本論である。
 ところが、後述するとおり、圧倒的多数の下級審判決は、これを「不真正」怠る事実に該当すると強弁し、原告の訴えを、監査請求期限徒過を理由にして、相次いで却下してきた。これも、原告オンブズマン側にとっては、全く予想外の展開であった。
三、今回の最高裁判決の理由
 今回の最高裁判決は、「怠る事実については監査請求期間の制限がないのが原則であり、その制限が及ぶというべき場合はその例外に当たること」を踏まえて、本件監査請求の場合は、「監査委員は、県が請負契約を締結したことやその代金額が不当に高いものであったか否かを検討せざるを得ないのであるが、県の同契約締結やその代金額の決定が財務会計法規に違反する違法なものであったとされて初めて県の損害賠償請求権が発生するものではなく、談合、これに基づく入札及び県との契約締結が不法行為法上違法の評価を受けるものであること、これにより県に損害が発生したことなどを確定しさえすれば足りるのであるから、本件監査請求は県の契約締結を対象とする監査請求を含むものとみざるを得ないものではない。したがって、これを認めても、本件規定の趣旨が没却されるものではなく、本件監査請求には本件規定の適用がないものと解するのが相当である。前掲第二小法廷判決の示した法理は、本件に及ぶものではない。」と判示した。
 ごく当たり前の判断だと思う。
 ところが、ここに辿り着くまでに約七年間もの歳月を要したのである。
四、百人の裁判官が間違っていた
 判決当日の朝日新聞の夕刊では、私が記者会見で「これまで約百人の裁判官が間違っていたことになる。猛省してほしい」と述べたと報じられた。
 私の発言の趣旨は、こういう事である。横浜の大川隆司弁護士の集計によると、今回取り消された一九九七年四月の富山地裁判決以後約五年間で、全国の地裁と高裁の合計三〇件の談合事件判決が、監査請求期間制限を適用して原告住民を敗訴させてきた。その解釈を前提に別 の理由で救済した判決をも含めると、実に約四〇件にものぼる。住民訴訟は三人の裁判官の合議体で判決されているはずだから、多少の裁判官の重複があったとしても、総計約百人の裁判官たちが、今回の最高裁判決でたしなめられたような誤った判断を、住民側に不利益な方向で下していたことになる。おそらく前代未聞であろう。他方で、今回の最高裁判決と同様の正当な判断を下した判決は、名古屋市民オンブズマンが昨年九月に勝ち取った名古屋地裁判決二件を含めても、僅か一〇件に過ぎなかった。
 なぜ、そんな事態になってしまったのだろうか。
 これでようやく、一連の談合住民訴訟は本案の審理に入る事ができるが、「空白の七年」は、もはや戻って来ない。談合企業に対する責任追及を遅らせ、原告住民に無用の負担を課してきた裁判官たちの責任は、重大だと思う。
 「日本の裁判の水準が問われている」と言われても、仕方が無かろう。

No.54.2002.10月号 2002.04.06
住民訴訟の弁護士報酬請求を認容
名古屋地裁平成13年(ワ)第5373号 弁護士報酬相当額請求事件
平成14年3月13日判決
  竹内浩史(名古屋弁護士会)

一、 地方自治法の規定
 地方自治法二四二条の二第七項は、住民訴訟につき「訴訟を提起した者が勝訴(一部勝訴を含む)した場合、弁護士に報酬を支払うべきときは、地方公共団体に、その報酬額の範囲内での相当額の支払を請求することができる」と規定している。地方公共団体の損害回復に貢献した住民訴訟の原告に弁護士報酬を負担させないため、当然の規定であろう。
 勝訴判決が確定した場合はこの条項に該当することは明白であるが、そうでなくても、住民訴訟の提起により地方公共団体の損害が回復された場合はどうなのか。いくつかの類型が争点となってきている。
 過去の主な裁判例は、次のとおり。
 最高裁平成一〇年六月一六日判決(判例時報一六四八号五七頁)は、被告が請求の認諾をした場合も「勝訴」に含まれるとした。
 大津地裁平成八年一一月二五日判決(判例時報一六二八号八〇頁)は、裁判外で弁済がされて訴えを取り下げる和解をした場合も「勝訴」に該当するとして、被告草津市に弁護士報酬相当額の支払を命じ、確定している。これは、言ってみれば「勝利的和解」のケースである。
 本件の争点は、一審で勝訴した後の控訴審で、弁済がされたため「原判決取消・請求棄却」の判決となった場合、「勝訴」に該当するかという問題である。言わば「勝利的逆転敗訴判決」の類型である。
二、 本件住民訴訟の経緯
 名古屋市では、市長が議会を丸ごと諮問機関にするという「市政調査会」が設置されていた。市議会議長を審議員長に、市議会議員全員を審議員に任命し、さらにご丁寧にも、市議会の六つの常任委員会に対応して六つの「部会」を設けていた。そして、時として、議会の根回しの場として利用されていた。このような異常な制度が戦後だけでも半世紀続いてきたのであるが、条例さえ制定されていなかった。のみならず、単なる「登庁」のみで費用弁償を、これまた条例の根拠無く支給していた。
 本件住民訴訟は、一九九六年二月に、この費用弁償の直近約一年分を返還・賠償するよう求めて提起したものであった。原告は、名古屋市民オンブズマン・タイアップグループの一会員。
 一九九八年一〇月三〇日、名古屋地裁は、二年八ヶ月間以上の審理を経て、被告の西尾前市長らに四六六五万円と遅延損害金を賠償するよう命ずる原告勝訴判決を言い渡した。
 市長ら被告は控訴したが、翌年二月、被告や費用弁償を受け取った議員らが、元利合計五三七九万余円を返還した。原告は、被告に控訴を取り下げるよう要求したが、応じられず、同年七月、名古屋高裁は、損害が回復されたことを理由に地裁判決を取り消した。
 その後、原告は、前記規定に基づいて、名古屋市に対し、弁護士報酬相当額を請求した。しかし、名古屋市は、原告勝訴の判決は高裁で取り消されているから「勝訴した場合」に該当しないという形式論を盾に、支払を拒否してきた。
原告が死亡したため妻が相続人として、名古屋市を被告に弁護士報酬相当額請求訴訟を提起。請求額は、弁護士報酬基準の標準額により九二一万余円とした。
三、 名古屋地裁の審理と判決
 裁判所の感触は上々だった。訴状には本件住民訴訟の一・二審判決のみを添付したが、訴えを提起した昨年一二月二五日の直後には、裁判所から、「審理期間を知りたいので訴状を書証で出してほしい」「原告の相続関係を立証してほしい」との連絡が入った。この時点で既に、勝訴を確信することができた。しかし、まさかこんなに早いとは。
 第一回口頭弁論は、今年二月一三日。裁判所はすぐにも結審したいようだったが、被告が主張してきた形式論に対して反論を尽くすため、続行してもらった。そして、第二回は三月一一日。結審。判決期日は、何と、翌々の一三日と指定。
 判決(加藤幸雄裁判長)は、被告名古屋市は原告に対し、弁護士報酬相当額として三五〇万円を支払えと命じた。
理由では、「少なくとも訴訟物とされた損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権(全部又は一部)が訴え提起の時点で存在していたことが肯定されたものの、最終口頭弁論期日までの間に弁済がなされ、事後的に当該請求権が消滅するに至った場合には、勝訴の確定判決を受けた場合以上に、当該訴えの提起が当該財務会計行為の違法是正に貢献したものと評価できるから、法二四二条の二第七項の定める勝訴要件を満たすと解するのが相当である。」と判示した上、本件住民訴訟の経緯はこれに該当するとした。
裁判所の見識を示したと思う。
判決は仮執行宣言も付してくれたため、名古屋市に一応支払わせることができた。名古屋市が控訴したため、原告も対抗上、認容額の増額を求め控訴した。
名古屋高裁での控訴審も二回の期日で結審。判決期日は一〇月一〇日と指定されている。


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